十三夜【00132000年3月10日

Seigow's Book OS / PIER
ユルジス・バルトルシャイティス
『幻想の中世』
1985 リブロポート・1998 平凡社ライブラリー
Jurgis Baltrusaitis : Le Moyen Age Fantastiqe 1955
西野嘉章 訳
[表紙]『幻想の中世』
© リブロポート
Amazon
オンライン書店 bk1
 
 しまったと思った。
 ユルジス・バルトルシャイテスを知るのが遅すぎたのだ。それほどにバルトルシャイテスの本との出会いは衝撃だった。もっとも、あまりに遅すぎたからこそ、ぼくは『遊』をつくることにもなった。これはまあ、いってみればケガの功名というものだった。『遊』は、いわば“未然のバルトルシャイテス”なのである。
 そんなバルトルシャイテスの研究領域を一言でいいわらわすのは不可能である。それだけでもぼくの尊敬に値するのだが、ましてその研究が視覚と言葉をまたぐ歴史の中の「テイスト出現のプロセス」ともいうべき得体の知れないものの解析におよんでいることは、尊敬というより、むしろ戦慄とか恋愛をこそおぼえる。
 本書はそのようなバルトルシャイテスのごくごく一端の成果を示すもので、もともとは『ゴシック美術における覚醒と奇異』という大著の第二部「幻想の中世」にあたっていたものだった。
 われわれ日本人にはなかなかわかりにくいことなのであるが、ゴシックという言葉は「ゴート人がもたらしたもののような」という意味をもっている。むろんゴート人とは直接関係のないものも含まれる。それは日本人が「漢風」とか「唐様」(からよう)「胡坐」(あぐう)といったところで、厳密に漢や唐やペルシアの文物ばかりをさしているわけではないのに似ている。
 仮にゴート人に特定したとしても、そのゴート人という民族そのものがまことに遊牧的で、かれらはゴート人であるというただそれだけで、かれらが東ゴート王国や西ゴート王国をつくる以前の「ユーラシアの記憶」をしこたま身に纏っているのである。
 つまり、ゴシックを解くということは、ゴート人とともに運ばれてきた古代中世のすべてのイメージとイコンと観念技術のいっさいを解読することなのだ。バルトルシャイテスは、そこに“魚眼のようで顕微鏡のような目玉”をもちこんだ。
 まず、「頭部のくみあわせがつくるイメージ」の代表としてグリロスが俎上にのぼる。グリロスはゴシック装飾のいたるところに出現する奇形のイコンであるが、それをたんなるキマイラとか合成動物とかとはとらえられない形態的性質がある。ついで、このグリロスを含む奇形のイコンが印章や貨幣の中に棲みこんでいった背景と事情をあばく。そこには日本の現在時点では高山宏が追跡してやまない「ファンタスマゴリア」(幻影)という“中世のヴァーチャル・リアリティ”が顔を出す。
 そこで一転、イスラムの装飾文様にひそむ植物幻想がどのようにアラベスクな“超複雑性”を内包していったのかを、文様の内側に入りこんで解読する。この追跡がワクワク樹こと人頭樹に達したところで、次は蝙蝠と龍のイコノロジーになる。そんな具合である。
 ヨーロッパ中世に蝙蝠と龍のシンセサイザー(合成編集術)をもちこんだバルトルシャイテスの“犯人探し”は委曲をきわめ、あやしげなモンゴル人やタタール人の図像編集の迷路を辿らさせられた読者は、第6章にいたってついに東アジアに到達、そこにいよいよ背中から翼を開いた比翼が目映い仏教的光背に転じていくことを知らされる。
 だいたいこのへんで大半の読者はダウンする。が、バルトルシャイテスの手はまだまだゆるまない。
 仏像の背後の光背は、そのまま水墨山水に描かれた中国的自然観とおそるべき共振をおこし、ついには偉大なる「生命ある器」とは何かという最終主題にのぼりつめていく。
 こうして最終章にいたって、われわれはやっと「西のゴシックと東のマンダラ」の比較という途方もない比較観照が準備されていたのだということにやっと気がつくのだが、時すでに遅し、バルトルシャイテスはこれらのいっさいの解読の手がかりを蓮華文様の渦中に放りこんでしまうのだ。
 まったく『遊』をつくる前にバルトルシャイテスに出会わなくてよかった、助かった。お目こぼしをいただいたのだ。そう、思わざるをえないような、そういうバルトルシャイテスの一書なのである。
 では、こうした驚異的なバルトルシャイテスの方法を何とよぶかというと、これはいまだに誰も見当がついていない。そこでしかたなく、「アベラシオン」(光学的図像収差)などとよばれたままになっている。

参考¶バルトルシャイテスの著作集は、『アナモルフォーズ』『鏡』『アベラシオン』『イシス』(いずれも国書刊行会)の4冊から入るのが、まだしもわかりやすいだろう。が、油断は禁物。いずれも尋常ではない。とりわけ『イシス』は「編集の国ISIS」の物語のひとつを解読するものとして、難解ではあるが、ぜひ挑んでほしい。実は、パリはイシスの町だったのである。なお、本書『幻想の中世』の発行元リブロポートはいまはなくなっているので古本屋で本書を求めること。







 






 

RSSを表示する

 
松岡正剛の最新情報はこちら
いつでも見たい、松岡正剛
 

書名、または著者名からバックナンバーを検索できます

Web www.isis.ne.jp


千 夜 千 冊 BACK NUMBER

[目次]

1144

『海上の道』柳田国男

1143

『異装のセクシャリティ』石井達朗

1142

『日本人の自画像』加藤典洋

1141

『稲と鳥と太陽の道』萩原秀三郎

1140

『猿と女とサイボーグ』ダナ・ハラウェイ

1139

『カムイ伝』白土三平

1138

『江戸の枕絵師』林美一

1137

『ゲイ文化の主役たち』ポール・ラッセル

1136

『悪徳の栄え』マルキ・ド・サド

1135

『非常民の性民俗』赤松啓介

1134

『日本創業者列伝』加来耕三

1133

『市場の書』ゲルト・ハルダッハ&ユルゲン・シリング

1132

『女帝の手記』里中満智子

1131

『日本/権力構造の謎』上・下 カレル・ヴァン・ウォルフレン

1130

『多文明共存時代の農業』高谷好一

1129

『木村蒹葭堂のサロン』中村真一郎

1128

『江戸商売図絵』三谷一馬

1127

『性的差異のエチカ』リュス・イリガライ

1126

『インターネット資本論』スタン・デイビス&クリストファー・マイヤー

1125

『ボランティア』金子郁容

1124

『アヴァン・ポップ』ラリイ・マキャフリイ

1123

『笑いの経済学』木村政雄

1122

『ぼくの哲学』アンディ・ウォーホル

1121

『百物語』杉浦日向子

1120

『女性の深層』エーリッヒ・ノイマン

1119

『北条政子』永井路子

1118

『ネット・ポリティックス』土屋大洋

1117

『T.A.Z.』ハキム・ベイ

1116

『江戸の身体を開く』タイモン・スクリーチ

1115

『資本主義のハビトゥス』ピエール・ブルデュー

1114

『猫と小石とディアギレフ』福原義春

1113

『江戸の市場経済』岡崎哲二

1112

『田中清玄自伝』田中清玄・大須賀瑞夫

1111

『黒い花びら』村松友視

1110

『昭和という時代』鈴木治雄対談集

1109

『澄み透った闇』十文字美信

1108

『市場対国家』ダニエル・ヤーギン&ジョゼフ・スタニスロー

1107

『負ける建築』隈研吾

1106

『未来派』キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ

1105

『写真ノ話』荒木経惟

1104

『建築的思考のゆくえ』内藤廣

1103

『バイ・バイ・キップリング』ナム・ジュン・パイク

1102

『コンセプチュアル・アート』トニー・ゴドフリー

1101

『モダンデザイン批判』柏木博


各ナンバーをクリックすると、別ウィンドウで一覧が表示されます。
クリックするとランダムにバックナンバーが出現します。
電子の自由が選んだ一冊を、あなたに。




 
 
 

 ISIS

© Copyright Editorial Engineering Laboratory.
All rights Reserved.
│ ISIS編集学校 │ いと◎へん