・竹生島
・飲酒二十首
・源氏物語
・コーラン

・閑吟集
・失われた時を求めて
・隆達唱歌
・神統記
・創造的人間
・アーサー王の死
・伊勢物語
・趙州録

・石山寺縁起
・神曲
・出雲国造神賀詞
・クマーラサンバヴァ
・松の葉
・妖精物語
・古語拾遺
・東方の旅
・神楽歌
・泥棒
・堤中納言物語
・ラ・レグロ

 
 【2月6日】

 

 オーピー夫妻が編集した『妖精物語』に「親指小僧」の名前の由来をのべた一節である。その巻末に付けられた詳細な「序」が、産業革命の進展とともに世界帝国にのしあがっていくイギリスに、神話やフェアリーテールが街燈の光や蒸気機関の煙の影に姿をかえて出現したことを示唆し、フェアリーテールという範疇も十八世紀初頭にあらわれたと記す。
 神に願って授かった親指ほどしかない小さな子供が機智を駆使して活躍し、鬼などをたおし財宝や地位をえるという話は全世界に分布する。日本の「親指太郎」や「一寸法師」は同じ物語母型を共有する。「一寸法師」は日本の中世に針の行商がさかんになって、そのコマーシャルのキャラクターとして使われたために有名になった。その背景に鉄の圧延技術を革新した鍛冶集団がかいまみえる。
 ドイツで昔話を研究したグリム兄弟はカッセルの旅篭に育ったドロテア・マーティばあさんから多くの話を聞いたが、小人がでてくる『白雪姫』や『親指小僧』はフランスからドイツに亡命したユグノーの子孫であったハッセンブルグ家のマリーから聞いたもので、これらの話はブルターニュやネーデルランドに伝承されていたらしい。フランスのシャルル・ペローも『過ぎし日の物語と教訓』に採録している。親指小僧には馬の耳に入って馬を御したが、つぎつぎに動物に呑みこまれて、最後に出世するという日本の「親指太郎」とそっくりのヴァージョンもある。
 親指太郎が神に願われて生まれたにもかかわらず、貧乏ゆえに兄弟とともに棄てられた森という異界あるいは冥界に鬼を退治し、七リーグの靴と財宝をえて王室の情報伝達官として活躍するというストーリーには、ローマのマーキュリー伝説がからむが、そのルーツにはウェールズのドアーフやブルターニュのコリガン、アイルランドのレブラコンやオーディンの子ブラギの竪琴をつくったドヴェルグなどの伝承がかかわっている。
 かれらはローマ人やゲルマン人がヨーロッパに進出する以前に先住していた縄蓆文土器やビーカー土器をつくり、初期には精巧なフリント石器を流通させ、自然の金や銅を採取し、鉄器を独自に開発した原住民であった。その王はマウンド(古墳)に葬られ、ストーンサークルやストーンヘンジを築いた。ドアーフの名は‘風’や‘雷’と関係し、これは鍛冶屋の‘ふいご’を連想させる。
 その一族にはゲルマン人とともに戦うものもあり、ニーベルゲン物語には剣の達人、小人王アルベリヒが活躍する。かれらは優れた刀匠であり、皮細工師、石工、織師、薬剤師、ときには王の親衛隊、あるいは道化師でもある。もちろん反抗して森や島、山中に立てこもるものもあり、これは鬼とされていった。
 コリガンたちはいたずら好きの精霊のにもなり、夜道を行く人を誘って明け方まで躍りあかすこともある。そうした話の一つに日本の「コブ取り爺さん」にそっくりの話がある。ストーンサークルでコリガンと踊り明かした男はコブを差しだし黒髪を贈られるが、もう一人が贈り物をもらおうとしてコブを与えられ黒髪を奪われる。こうしたコブやヒゲと財物を交換する小人の話はトルコ、イラン、インドに広がり、黄金や宝石が交換物である。
 あるいはコリガンたちは、鋤のような鉄器を持つ通行人にはいたずらをしないという。これはかれらが鉄器の生産者であったことと関係しているだろう。こうした原住民の残影はパラケルススらの錬金術師によって四大の地霊ノームにあてられ、大地と鉱物にひそむ霊力そのものともされる。
 こうした大地にねざす智恵と技術をもつ先住民と新来者の間の交流と軋轢が生み出した小人に、アイヌのコロボックルや大和の土蜘蛛などがある。コロボックル話の一つに、火山噴火で移動したアイヌが新しい居住地にコタンをつくったろころ、いさかいがおこったというのがある。夜ごとにコタンに贈り物を置いていく者がいるので、怪しんだアイヌは見張りを立て、小人の娘を捕らえた。ところが娘はコロボックルの王女だったから、コタンは襲撃され、その土地からアイヌもコロボックルもいなくなった。このような伝説は異文化間の沈黙交易を守るための戒めでもあったろう。そこに意外な財宝の交換がおこりえた。それが世界の小人伝説の共通性の一つをつくりだしている。
 土蜘蛛も神武天皇が東征したとき、吉野山中に穴居し水銀を採取していた。同じ山民であった久米人は天皇の親衛隊を形成する。もちろん反抗した山民・海民は鬼とされた。役小角にしたがった前鬼、後鬼も、こうした山の原住民の末裔であったにちがいない。
 ジャワ諸島から太平洋に乗り出した人々の間にも先住の小人伝説が多い。ハワイのミネラルウォーターのラベルにもなっているメネフネはカウアイ島の小人族で、森に住み、昼間眠って夜働いた。かれらは土木工事に練達していて、石造りの神殿も一晩でつくった。もっとも有名なのは虹と雨をつくった話である。そこには雷雨神の系譜が流れている。
 中国では『山海経』をもとに多くの小人国が想像された。それらは中華的差別もあってか、奇妙に粉飾される。あるいは異界からきた小人に巨霊がいる。前漢時代にあらわれ、武帝に献じられた。武帝が小人を東方朔に見せたところ、東方策は知り合いらしく、「お前の母さんは帰ってきたか」と問うと、小人は「こいつは西王母の桃を三つも盗んで食べたので、崑崙から追放されたのだ」と言ったから、武帝は東方朔が仙人であることを知ったという。崑崙山は古い中国の冥界だから、巨霊は冥界からの使者であった。
 中国では老仙は幼童の姿をとる。牛や舟に乗って笛を吹いてくる童子がいたら仙人である。かれらは錬丹術を駆使する窯を設けるが、そこに古い鉱山伝説や水神、火神などの伝承が吸収された。それでも、『封神演義』の那太子(なたたいし)などは童子神の風貌を残す。天界の三面九眼八臂の大羅仙を、天帝が地上の魔王たちを鎮めるために託塔天王(毘沙門天)の子として転生させたという。生まれて五日で東海に水浴びして龍王の宮殿をふみつけ龍の筋を抜いて打ち紐にしようとした。その後の経緯はおもしろすぎるが、その姿はいつまでも幼童のままで、その活躍には火雷神の面影がある。
 小人あるいは幼童神の源流には紀元を前後しておこった世界宗教が波及する以前の神々の姿がある。その神々は諸地域の風土になじんで多様化しているものの、似たような性質をもっていた。それを柳田國男は「小さ子信仰」という。その典型はイモのさやの天羅摩船に乗ってきたスクナヒコナノミコトであるが、穀霊、火雷、霊水との関わりが深く、国土の開発の情報提供者でもある。
 そのイモのさやに象徴される中空から異常な出生をする一群の「小さ子」が自然神につぐ神々だったとすると、神の歴史も変わってくる。大きな国家組織の成立とともに大体系の神々のパンテオンや一神教が構想されてきたとき、「小さ子」はさまざまな物語の主人公に転じていった。竹や果物の中空から生まれたかぐや姫、桃太郎、瓜子姫などばかりでなく、小さな動物、蛇や蛙、タニシやカタツムリなどから生まれた「小さ子」の物語は世界に共通する。
 それにしても、欧米がイースターやカーニバル、クリスマスから小人たちを追放しないでいてくれたことはありがたかった。それが『ハリー・ポッター』や『指輪物語』を浮上させた。こちらの方が、『となりのトトロ』などとともに国際性の基盤として見なおされてもおかしくないのである。




 

  松岡正剛の千夜千冊言葉の景色絶品堂書録
図像学派タナローグ 遊書人香々庭園
 

立紙篇INDEX

© Copyright Editorial Engineering Laboratory.
All rights Reserved.
Edit Cafe │ ISIS編集学校 │ いと◎へん