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▲共読日本を編集中!

一つのお題にたくさんの回答と指南が連なる“共読スタイル”を通して、新しい方法に出逢うための学校、編集術の修得とともに共読スキルが格段に上がります。
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■セイゴオ先生の編集術エクササイズWebツアー[序]→ISIS本座で随時受付中!

■イシス編集学校
秋開講の基本コースは2011年10月17日開講。
→[守]お申込みはこちら。


 
EEL PROJECT 記事一覧
・連塾第2期<絆走祭>ついに始動。
・編集稽古のゲームワールド化!?
・市民記者の活躍が、地域コミュニティの明日を担う
・千夜千冊クロニクル (前編)
・京の伝統職人たちが集う特別編集塾
・郡上八幡の古今を"探訪"する
・微小で偉大な技術の編集
・身近な日本で"方法"を学ぶ
・企画が立ち上がる瞬間をキャッチ
・懐中電灯で編集光学
・ミニ編集学校で市民記者生まれる
・土佐尚子が語る「本との出会い、本とのインタラクションの表現」
 
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2006年08月23日[EEL PROJECT]
連塾第2期<絆走祭>ついに始動。
〜第一祭「数寄になったひと」

 7月22日(土)、銀座・時事通信ホールで、「連塾」の第2期<絆走祭(はんそうさい)>が始動した。(「連塾」についての説明はこちらの「椿座」の記事をご覧ください)

 朝から会場に入って準備を始めたスタッフは、なんと総勢80人。演出は、連塾の第一期から引き続き藤本晴美さんが担当し、開演ギリギリまでスタッフに指示を飛ばした。
 180人を越す来場者が訪れ、開演時刻の13時30分にはほぼ全ての座席が埋まった。まだ舞台の照明も点かない中、おもむろにスクリーンが下りてくる。少し間をおいて舞台両端から白い紙の帯が上がる。照明が左右の紙の帯をピンポイントで照らすと、左に「数寄」、右に「絆走」の文字。松岡の渾身の書である。そして中央スクリーンに第一祭のテーマ「数寄になったひと」が現れ、松岡が舞台に登場した。

 「“絆”という字は、何本もの紐を結び合わせる、という意味があります。たくさんの人と絆を結び合わせて、走って行きたい」。
 松岡は書を眺めながら、“絆走”の字に込めた思いを述べた。


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■数寄と落語と「千夜千冊」

 <絆走祭>にちなんで、まず初めに「近江八幡左義長まつり」「先帝祭」など、日本各地の祭りの映像を次々にスクリーンに映し出しながら、講義を始めた。舞台上の黒板に“擬死再生”“寄物陳思”など、耳慣れない四字熟語を書きながら、解説を入れる。
 祭りの次は、今回のテーマ“数寄”について語る。まずは自著「日本数寄」の一節を取り上げ、自身の“数寄”への考え方を述べ、その途中で触れた遠州流茶道の映像を流した。さらに、坂東玉三郎の歌舞伎衣裳と、忌野清志郎のライブ映像で、数寄感覚と「傾(かぶ)き」「風流(ふりゅう)」とのクロス関係を見せる。何十本も花を頭に挿して「まぼろし」を歌う忌野清志郎の姿に、目頭が熱くなった人が多かったという。
 
 続いて、連塾ではお馴染みとなった慶応義塾大学の金子郁容教授が登壇。「このまま日本文化がなくなってしまうのではないか」など、率直な疑問を松岡にぶつけた。事前に、壇上での質問をいくつか用意しておいたが、先ほどまでの映像を見て、がらっと質問が変わってしまったという。
 2人の軽妙なトークが続いた後、落語家の柳家花緑さんを壇上に招く。日本の「間」の感覚についてしばし話を続けたあと、花緑さんを残して金子さんと松岡は降壇。突然花緑さんが振り返り、祖父の柳家小さん師匠と一緒に写る、幼少の花緑さんの写真がスクリーンに投影されると、すかさず祖父を「スターウォーズのヨーダ」と紹介して会場の爆笑を誘った。
 「座布団がなく、立っているので手の置き所にも困る」と、高座との「間」の違いに少々戸惑いながらも、「落語界のイチロー」と松岡が評した通り、縦横無尽に即興落語を繰り広げた。


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 再び松岡ソロ講義へと戻り、今度は「千夜千冊」の一節をスライドで映写し、読み上げながら講義する形式を取った。前半は子供の頃から心に馴染んでいった、「3つの数寄」について語る。1つ目は与謝蕪村『蕪村全句集』(第850夜)で、観世流の謡いとともに習わされたという“俳句”に触れる。2つ目は実家が京都の呉服屋で、いつも見ていた“着物”にちなんで、幸田文『きもの』(第44夜)を紹介。最後の3つめに、村松梢風『本朝画人傳』(第964夜)を取り上げ、英一蝶らの名画も一緒にスクリーンに映しながら、日本画家の叔父に影響を受けたという“日本画”について語った。
 後半は、中央最前列の席に招待した4人の「数寄になった人」、杉浦康平さん(第981夜『かたち誕生』)、清水博さん(第1060夜『生命を捉えなおす』)、森村泰昌さん(第890夜『芸術家Mのできるまで』)、甲斐大策さん(第394夜『餃子ロード』)を、それぞれ「千夜千冊」の一節を読み上げて紹介し、会場全体が拍手を送った。特に森村さんの時は女優や名画の人物に“変身”した、衝撃的な作品が次々とスクリーンにディスプレイされ、静かな歓声が上がった。
 最後に、“祭り”のテーマに回帰して、「長崎おくんち」などの豪壮な祭りの映像で第1部を締めた。

■茶と石舞台と「陰翳礼讃」

 参加者がホワイエで茶菓を味わいながらの休憩の間、舞台ではスタッフが2枚の真っ白な屏風を扇状に設置し、卓や茶器を置いて茶会の準備を進める。休憩終了後、アナウンスなどの前触れもなく、遠州流家元・小堀宗実さんと資生堂名誉会長・福原義春さんが壇上に上がり、第2部が始まった。
 福原さんに菓子を出した後、小堀さんが遠州流の立礼卓(りゅうれいじょく)に着いて、早速点前を披露。小堀さんの手元をライブカメラがズームし、スクリーンに映る一つ一つの所作に皆が注目する。湯を茶碗に注ぐ音。茶筅を回す音。会場の全員が物音一つ立てず、点前の音だけが聴こえる時間が過ぎる。お茶を口に運ぶ福原さんを、「少しお熱いようで」と小堀さんが気遣い、「結構でございます」と福原さんがにこやかに応える。アルヴァ・アールトの水差しや「円相」が描かれた掛け軸など、道具の話から2人の歓談が始まり、「現代の日本はたくさんのものを失ってしまった」と憂う福原さんが、日本への思いを語る。
 次に福原さんの紹介で登壇したのは、屏風をプロデュースした内藤廣さんである。お茶を受けた後、内藤さんが松岡とコラボレーションして作った二期倶楽部の「七石舞台」にまつわる写真を次々に披露した。最後にたくさんの木の影が逆さに舞台の表面に映っている写真が、茶会を神秘的な雰囲気で包んだ。


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 茶会終了後、松岡が「屏風が変貌します」と、山口小夜子さんのパフォーマンスを予告すると、舞台は暗転。突如、正方形の白い光が屏風の前に座る山口さんを照らし、谷崎潤一郎「陰翳礼讃」の朗読パフォーマンスが始まった。2枚の屏風に、2台のプロジェクターが同じ映像をパラレルに映し出す、不可思議な映像空間が現出した。屏風に墨が流れ、山口さんの分身のような影が立ち上がるかと思えば、突如赤い血が滴り落ちる。力強くも妖艶な朗読の声と、映像に自らの身体を重ねて舞う姿に、皆が魅了し圧倒された。


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■弁当と「本貌」、そして「好きになった人」

 第3部は北山ひとみさんがプロデュースする夕食会である。幅約50センチの机が、長さ約50メートルに渡ってホワイエに並び、誰かと向い合わせに座って食事をする。藤本さんが考案した独特の食事スタイルであった。「吉兆」の特製弁当と那須から直送した有機野菜の盛り合わせが卓に並ぶ。誰もが和やかに談笑しながら、舌鼓を打っていた。


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 その間に、ホール内では座席の大転換を行った。ホールの中央部に『千夜千冊全集』を置いた「燦架(さんか)」を並べ、それを囲むように座席を馬蹄形に並べ替える。進行役の金子さんも「ローマのコロシアムのようだ」と驚きながら、ラストの第4部が始まった。
 はじめに、金子さんが来場者のみなさんに自らマイクを手渡して感想を聞く。過去の連塾に毎回来ている高橋睦郎さんは「連塾が“祭り”として開かれた感じを受けた」と述べ、松岡に「是非高橋さんも出てくださいよ」と出演を打診される一幕も。
 そして千夜千冊全集の巻頭写真「本貌(ほんのかお)」を撮影した十文字美信さんが登場。「本を撮るとはどういうことだったか」という金子さんの質問に、「表紙とか形とか大きさ、あと無意識に開いたページなど、一番最初に本を見た瞬間を写真にした感じ」と答える十文字さん。何十枚も連続的にスクリーンに投射される「本貌」を、撮影時の裏話などをユーモアたっぷりに交えて解説し、会場を沸かせた。


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 その後、『千夜千冊全集』の装丁を行った福原さんが再び登場し、「ネットとは全然違う」と『千夜千冊全集』の魅力を強調。松岡も壇上に上がり、福原さんとのトークの途中で、『千夜千冊全集』に収録される「千夜短歌」を詠んだ小池純代さん(歌人・ISIS編集学校師範)を紹介。「千夜千冊という大きな家に宿を借りた」という感想をいただいた。
 最後に、「数寄になったひと」というテーマ名の“種明かし”、都はるみ「好きになった人」のライブ映像で大団円を迎えた。
 
 延べ8時間に渡る、もはや“塾”のレベルを遥かに超越した連塾第一祭。松岡も最後のほうで少し話していたが、出演者・スタッフともども、全員がボランティアである。藤本さんの照明・音響チーム、遠州流の皆さん、内藤事務所の皆さん、燦架制作チーム、求龍堂、ISIS編集学校の有志など、多くの人の協力が“祭”を支えた。そんな第一祭の熱気も冷めやらぬ中、早くも松岡と連塾スタッフは第二祭の準備に取り掛かっている。


(編集工学研究所GEAR 興梠証 editor)

2006年07月14日[EEL PROJECT]
編集稽古のゲームワールド化!?
〜鯨夢(げいむ)談義:クリーチャーズ赤羽卓美氏・今国智章氏と

ISIS編集学校で師範をつとめるゲーム制作会社クリーチャーズの赤羽卓美氏。これまでスーパーファミコンソフト『MOTHER2』や『ポケモンカード』の制作に携わってきている。
⇒「進化のステップへ... 編集は終わらないのだ」 師範メッセージ 赤羽卓美

「いまやパッケージになるゲームよりもゲームの本質は社会の中に回収されているし、人々の意識の中にもいろいろ入り込んでいる。そういう構造を逆手に取ったときに、どういうことができるのかということをここ数年考えている」と語る赤羽氏が構想するゲームの姿とは…?
東京・日本橋の株式会社クリーチャーズを訪ね、赤羽氏の考えるところに迫ってみた。

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ポケモンセンターのゲートをくぐって、いざクリーチャーズへ


■ゲームとは、それに触れることによって、自分がいかに変われるか、ちがった人間になれるか、というのを通過すること

――赤羽さんがいまゲームでやりたいことは、どういうものになるのでしょうか?

赤羽: まず、子どものマーケットを例に話をしますと、そこには遊びのメインストリームというものがあります。面白いかどうかが問題ではなく、そのストリームの中に自分がいるということが、子どもたちにとって重要になっているんです。自分が遊びたいから遊んでいるんじゃない、とすら言えます。それが一つのヒットしか生まれない構造をつくっているわけです。この状況を変えられるものを作りたいと考えています。

――3月に行われた「感門之盟」(編集学校恒例のイベントで、毎の終わりに催される。活動を終えた師範代や師範をねぎらい、新しい師範代たちのスタートを祝う会のこと)のときに、壇上で松岡正剛が赤羽さんに「鯨夢(げいむ)」と書かれた色紙を贈りながら、「赤羽君はゲームってどう考えてるの?」と問いかけたときに、「“おみやげ”みたいなものが欲しい」と話されていたと思うんですが?

赤羽: “おみやげ”というよりも“変われる契機”ですね。つまり、ゲームとはメディアですので、それに触れることによって自分がいかに変われるか、ちがった人間になれるか、というのを通過することなんです。そういうゲームをつくることが、自分がやって価値があるものだと思っています。時間の消費だけに終わらないもの、です。

――ええ。私もRPG(ロール・プレイング・ゲーム)とかをやっていましたが、あるときパッタリやらなくなりました。時間の浪費ではないかと突然感じ出したことを覚えています。『ユリイカ』任天堂特集に鴻上尚史さんと八谷和彦さんの対談*1がのっていて、これを読んだとき、自分が感じていたことを説明してもらえた、という感じがしました。

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八谷 『ドラクエ』のプレイ時間の表示が「100時間」とか出ると、虚しくなりますよね(笑)。ラスボスを倒すために、一〇〇時間も使っちゃったのかよ、と。しかもそれは世界中でオレだけでなく、みんながやっている。
鴻上 「プレイ時間の長さ」は、ある時期までは「充実感」だったのが、ある時期から「虚しさ」に変わった。大きなパラダイム・チェンジがあったと言っていいと思います。例えばガソリンの匂いが、高度成長を象徴する「いい匂い」だったのが、体に害を及ぼす「悪臭」に変わったみたいに。
八谷 DSのソフトはそのパラダイム・チェンジをよく理解したうえで設計されていますよね。『脳を鍛える』もそうですし『えいご潰け』や『旅の指さし会話帳』も、「実生活に役に立つ」ものなんですよね。
鴻上 そう、結局そこへ落ち着くんですよね。
八谷 鴻上さんの「英語ができるようになるRPG」、惜しかったですね(笑)。
鴻上 そうなんですよ。モンスターの英語の問いかけに正しく答えると、倒すことができる。敵が段々難しい質問をして来て、レベルがアップしていく、とかね(笑)。
----- 『ユリイカ』2006年6月 特集任天堂 (青土社)

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打ち合わせルームには、古今東西のボードゲームからTVゲームまでズラリと並ぶ。往年の名機の姿も。

■編集稽古のゲームワールドで、楽しみながら編集力がアップする!?

――ISIS編集学校では“編集稽古”と称して、ネット上でいろんなエクササイズをしますよね。赤羽さんと今国さんは既にご体験済ですね。

赤羽: ISIS編集学校で、ひととおりエクササイズをやって、いろいろな方法を学んで、なかには既に個人的に実践しているというものもありましたし、それらが体系化され、一挙に整流されたという実感があります。世の中のエクササイズというのは、ともすればバタバタと通過するだけであまり身に付いてない、ということになりがちなんですよ。具体的に実践レベルで、反復学習というか、もっとやれる仕組みがあったほうがいいと思います。
そこで考えているのが、たとえば「ミメロギア」などの編集稽古のRPG(ロールプレイングゲーム)ワールド化です。RPGの文脈でいうと、5回回答したら次のお題が配信されてくるというような、何かしらクエスト型―与えられた課題、もしくは自分が選んだ課題を解決していくことで、行動範囲が広がっていって、少しずつ探索範囲が広がっていくもの―で。これはまさにゲーム的な楽しみ方のひとつですね。編集工学研究所が実験でやっていた「ISIS編集の国」みたいな感じでしょうか。今のゲーム表現に合わせて、RPGっぽい絵とかキャラクターでインタフェースを整えてあげれば、小学生とか中学生でも、ゲーム的に楽しみながらできるようになるんじゃないかと考えています。学べるゲーム、メタゲームですね。


■ゲームですごいsubjectiveになるのは、人間性を回復するいい状態なんだと思う

――赤羽さんは、ちょうど編集学校の世界読書奥義伝[離]を終えられたところですね。

赤羽: [離]は、その人のベースになっている知識によって、感想は全然変わってくると思います。ぼくの場合は、哲学の知識ベースにたって考えたことがあります。objectiveな状態とsubjectiveな状態についてです。objectiveな状態…ただ論理的なだけの思考は、無限をどんどん作り出していってしまうだけで際限ないんですね。主客一致の問題といわれていますが、いかにsubjectiveに生きていけるかということ、大学生のときに一番突き当たっていたのがそこでした。女のコに走ったりとか、objectiveな思考はやめようと、感覚で突き進んで楽しいことは全部やろうと(笑)。そう思った時期もあったんですが、それはたぶんゲームも一緒で、没我的になっているということなんです。つまり、そのときはすごくsubjectiveになっている状態であると。人はobjectiveになったりsubjectiveになったりしながら…たぶんsubjectiveになったときに、そこに何か自分が変身するとか、そこでなにか“おみやげ”持って帰ってきてるとか、ということが起こるのだと思います。すごいsubjectiveになれるのがいい状態なんだろうということです。松岡正剛直伝の[離]をやってみて、そのへんがすごく整理されて理解できたんです。
人間性を回復するのは…カイヨワとかが遊びを重要視していたのはそこだと思います。同じ時代で、それをエロティシズムに求めていたのがバタイユでしょう。それが人間としては、まっとうな状態ではないかと思うんです。
あと、情報の相対主義―価値というものは、いかようにでも…地と図の関係をずらせば、どうとでも読み取れますよという―をいかに克服するか、というのが今の一番のテーマではないでしょうか…。自分を変えていくのと世の中を変えていくのは同じようなものだと思います。

――自分を知るのと社会を知るというのも同じようなものかもしれませんね。新しく作ったISIS編集学校リーフレットにも「自分に編集術、社会に編集力。」とコピーが入っています。
本日はありがとうございました。ゲーム談義もとても楽しかったです。次は編工研1F PIERで「編集ができるようになるRPG」アイデア会議ですね!

7月4日株式会社クリーチャーズにて 聞き手:池田紀務・石黒壮明

(文: 編集工学研究所GEAR 池田紀務/editorial engineer)

2006年06月12日[EEL PROJECT]
市民記者の活躍が、地域コミュニティの明日を担う
〜自治体による電子コミュニティの曲がり角

「いとへん」4月28日「ミニ編集学校で市民記者生まれる〜4/22藤沢市民記者養成講座修了証授与式」でレポートされた、神奈川県藤沢市の市民記者14名がいよいよデビューを果たした。60歳以上が6名、50歳代が4名という、いわゆるリタイヤ組が半数以上をしめる布陣だが、連日、精力的に市内イベントやボランティアに顔を出してはレポートをアップする。その勢いに藤沢市の担当者はもとより、講座から立ち上げまで見守ってきた世話人も驚くばかりである。2007年問題がメディアを賑わす中、新米記者さんたちの奮闘振りが頼もしいかぎりだ。
(電縁都市ふじさわ市民記者→http://e-comm.cityfujisawa.ne.jp/shiminkisya/

先日、総務省(自治行政局自治政策課)から『住民参画システム利用の手引き』という分厚い冊子が発行された。「ICTを活用した地域社会への住民参画研究会」(座長/石井威望)で、実証実験と議論がなされた内容をまとめたものだが、「まちかどリポーター」の項目には、編集工学研究所が企画・運営を主導した「箕面市情報サポーター」の事例とともに、「市民記者養成講座」のカリキュラムの一部が紹介されている。私もこの委員会のワーキンググループのメンバーとして、地域コミュニティシステム(地域SNS)の開発と、千代田区・長岡市(新潟)での実証実験をベースとした議論に加わった。
(総務省の「手引き」のWeb版→http://www.soumu.go.jp/denshijiti/ict/index.html

自治体が主催する地域電子コミュニティは、現在大きな曲がり角にきている。藤沢市とともに三羽烏といわれた三重県の「e-デモ会議室」の撤退もショックだったが、各地のコミュニティが次々と消えていった。「アラシ」と呼ばれる人種や、行き過ぎた個人情報保護のプレッシャー、運用にかかる人材やシステム管理の予算など、理由は多様な要素がからんでいる。最終的には、それら課題をはね返すだけの成果をアピールできず、担当者が孤立無援の状態で・・・というパターン。そんな中で、八代市(熊本県)の「ごろっとやっちろ」が注目を集めている。総務省が冊子で強調する地域SNSの発想もここからだ。

八代市の「ごろっとやっちろ」は、市の職員の小林隆生氏がたった1人でつくったシステムで、そのソースがオープン化されている。川崎市などがさっそく導入し、総務省が開発した地域SNSも、実は、この open-gorotto をベースにしているのだ。SNS型の地域コミュニティが、どこまで自治体が主催する電子コミュニティとして機能するかは、まだまだ未知数だが、この領域の関係者が活気を取り戻しつつあるのは確かだろう。そこで、ツールはなんであれ、必要となってくるのがコミュニティにストックされるコンテンツの質の向上と、それを生み出す人材の育成となる。

総務省の手引きの中で期待を寄せている「まちかどレポーター」の理想的なモデルが、今回の藤沢市の市民記者の活躍ぶりに提示されていると思う。さらに、この市民記者たちのコミュニティ(編集プロセス)と、オンライン教室(養成講座中)のコミュニケーションの充実(これは編集学校で実証済)が、地域のICT化の方向性を示しているように思われる。そこで今、編集工学研究所では、地域SNSやスクール型コミュニティのノウハウを導入して、コミュニティ・エディター(藤沢市や編集学校で使用中のコミュニティ・システム。三重県や札幌市などでも使われた)の新バージョンを構想中だ。

(編集工学研究所GEAR長 太田剛)

2006年06月05日[EEL PROJECT]
千夜千冊クロニクル (前編)
〜第1夜『雪』から第500夜『エクリ』まで

 2006年5月22日をもって、6年3ヶ月間・1144夜にわたる「松岡正剛の千夜千冊」第1期放埓篇が完了した。その軌跡の断片をごく少々追って、長期間の松岡の孤独な戦いに伴走したスタッフに話を聞いてみた。外側からは見えなかった、知られざるエピソードも交えながら、ここで改めて駆け足で振り返ってみることにする。


◆『雪は天から送られた手紙である』〜千夜千冊スタート
 「千夜千冊」は、編集工学研究所のインターネット知財市場創出実験「ISIS編集の国」の立ち上げとほぼ同時に開始された。「ISIS」の中で、毎日更新するコンテンツが必要ではないかというスタッフの提案がきっかけだったことは、松岡自身も語っている。(資生堂名誉会長・福原義春氏との特別対談を参照
 ただし、それ以外の動機もあったと、のちに松岡は述懐している。

 一方で、自分がそれまでなんとなく「やばい」と感じていたことに、襟を正して向き合いたいという潜在的な思いがあったように思う。
 職業柄、原稿や講演の依頼をよくいただく。そういう立場に引っ張られると、自分がかつて書いたことのうえにあぐらをかいてしまいがちになる。これは危険なことだ。(中略)自分はなにか思い上がっているのではないか──その思い上がりの正体をつきとめ、解剖し、捨てる作業をしたかった。(『プレジデント』2004年8月30日号)

 かくして2000年2月23日、第1夜中谷宇吉郎『雪』がインターネット上に出現した。「雪は天から送られた手紙である」という有名な一節に託すように、これから千夜にわたって読書案内の雪を降らせ続けることになる。


◆21世紀への「夜明け前」
 初期の文章は、最近のものに較べればまだ短く、日に4〜5本書き溜めておいたものを、順次スタッフがアップしていくこともあった。当時松岡は帝塚山学院大学の教授を務めていて、週に1回大阪と東京を往復する生活を送っていたという事情もあったようだ。
 また、2000年6月には ISIS編集学校 が開校し、その忙しさも加わった。が、それもただちに「千夜千冊」に反映されていく。“編集稽古の原典”と絶賛した第138夜レイモン・クノー『文体練習』は、編集学校の問題制作にも大きく活用された。

 ちなみに、「千夜千冊」のスタート時は、告知もしていなかったためか、アクセス数は月間30〜40程度であった。しかしすでにこの頃からコアなファンも何人かいて、取り上げられた本を全て集めようと試みていた。この時期で一番入手が困難だった本は、第140夜ルネ・ユイグ『かたちと力』という意見で一致しているそうである。

 「ぼくは20世紀をかなりの不満をもって終えようとしている」と述べた、第196夜島崎藤村『夜明け前』は、400字詰原稿用紙24枚分にあたる大作となった。その20世紀最後にあたる「千夜千冊」第202夜は、『ゲバラ日記』。2004年に公開された映画『モーターサイクル・ダイアリーズ』で主人公となった革命家チェ・ゲバラの、最期の壮絶な闘争記録で締めた。


◆「千夜千冊」開始後、初の誕生日
 第216夜ミュージックライフ編『ロックの伝道者』がアップされたのは2001年1月25日、松岡正剛57歳の誕生日であった。
 この日、スタッフは「松岡正剛百人一冊カルタ」なるプレゼントを贈った。読み札に「千夜千冊」の書名と前半の一節が、取り札には後半の一節が書かれている。つまり、「千夜千冊」の全文の内容を記憶しておかないと取れないので、難易度は甚だ高い。社内でカルタ大会を行ったとき、読み手になった松岡が、取った札が正しいのか判定に迷うことも二三あったらしい。このカルタは市販の百人一首カルタに、書籍の表紙画像と抜き出した一節をデザインしたカラー出力紙を貼り付けて作ったものなので、札を凝視すると後鳥羽院や蝉丸が透けて見えるところがまたおもしろい。7月7日から千鳥ヶ淵のギャラリー「册」でおこなわれる「松岡正剛・千夜千冊展」には出品されるらしいので、おたのしみに。


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スタッフ手作りの百人一冊カルタ


 5月25日にハーマン・メルヴィル『白鯨』で第300夜、10月17日に夢野久作『ドグラ・マグラ』で第400夜に到達。順調に進んできたようにみえるが、この頃から「食べ物と同じで、その日の体調に合わないとつらい」と、徐々に書き続けることの大変さを感じるようになったという。


◆祝500冊達成・記念イベント開催
 「ぼくの編集精神の原点にあるもののうちの、そのなかでも最もフラジャイルで、かつ“マイナスの哲学”に富んだ一冊」。2002年3月19日、悩みに悩んで選んだアルベルト・ジャコメッティの『エクリ』でもって、ついに500夜を達成。
 その夜はスタッフ一同でお祝いをした。アルコールの全くダメな松岡にも、この日ばかりはワインを勧め、なんと『エクリ』をインターネット上にアップする特製ボタンまで作成。第500夜は、そのボタンを押した松岡自身の手によって公開されたのである。

 3月26日には500冊記念トークイベント「一人一冊」を、東京・銀座のソミドホール(ソニービル)で開催した。150席の会場に、「千夜千冊」に取り上げられた本の著者を初めとする400人を越す人々が続々訪れ、立ち見の出る大盛況となった。井上ひさし、坂田明、浅葉克己、大澤真幸さんらも駆けつけた。


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大盛況となった松岡正剛記念トークイベント


 また、58歳の誕生日に取り上げた第464夜『虫をたおすキノコ』の著者であり、松岡の小学校の恩師でもある吉見昭一さんからも手紙が届いた。

 「目を閉じる。脳裏の底に写る強力な弾力のある松岡君。四十年を超えて、その表情が見える。一人一人の違った特性が日々の力だった。折り返し500回の読書人の貴方からすごい勇気と誠実をもらい、感謝を言いたい。祝詞して讃え、うれしさに心満ちて、きのこを追って若い私も歩き続けていこう。ありがとう。がんばろう。」

 熱いメッセージを残し、数ヶ月後に吉見さんは逝去された。

 「千日回峰では500日までは自分のための行です。500日を超えると他人のための行に入るといいます」。
 松岡はトークショーで、比叡山の荒行・千日回峰に擬えてこう語った。500夜を終えて、平均すると400字詰め原稿用紙で10枚以上にもなる執筆量。まさに修行というにふさわしいが、この先の「他人のための行」はさらに熾烈なものとなることを、そのとき誰が予期していただろうか。(つづく)


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500冊達成を伝える新聞記事
(2002年3月18日 朝日新聞 大阪版)


(編集工学研究所GEAR 興梠証 editor)

2006年06月01日[EEL PROJECT]
京の伝統職人たちが集う特別編集塾
〜高橋秀元主任研究員の「仏教講話」

■「バジラ」の別名を持つ編集名人

 京都室町の誉田屋源兵衛(こんだやげんべえ)は、享保2年より250年の歴史をもつ老舗の帯問屋である。その十代目当主、山口源兵衛氏の招きを受けて、編集工学研究所の高橋秀元主任研究員が「誉田屋寺子屋塾」の講師を務めて2年目になる。この寺子屋
塾は、当主が日本の伝統文化研究の一環として構想し、誉田屋の仕事に関わる帯染めや織りの職人たちを塾生に開催されている特別塾である。
 昨年は『日本の文様』をテーマに宇宙模型、四神獣、植物の文様から格子と縞、色彩、神仏などを取り上げて、連続10回の講義を開催。日本の文様のユニークな講義が好評を博した。本年は『仏教十夜』と題した新シリーズが3月より毎月開講されている。

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大画面の図解を前に喋り続ける4時間

 高橋秀元は研究所創設以来の主任研究員であり、日本の歴史や文化にめっぽう詳しく、ときに所長の松岡正剛も舌を巻くほどの博覧強記を誇る。3年前にリリースされた傑作歴史ビデオシリーズ『セイゴオ先生の高速歴史教室 XYZ日本史』
(松岡正剛の企画・監修・出演)では、歴史の案内役キャラクター「タカハシくん」となって登場し、本人を彷彿とさせる語り部ぶりを披露した。
 高橋の研究の守備範囲は神話から経済まで広範だが、青年の頃から研究を続けてきた仏教には深い思い入れがあったようだ。その愛着をよく知る松岡は、昨年高橋がISIS編集学校11期の師範代をつとめる際に、絶妙の教室名を贈った。「バジラ高橋くん教室」である。バジラとは密教の「金剛杵」を意味する。高橋は密教のシンボルが自分の名前と一緒に教室名に冠されて「すごい、バジラだ。これは傑作だ!」と、大喜びしていたものだ。ちなみにISIS編集学校では、松岡校長が意趣に富んだ教室名を授与するが、師範代の姓名がそのままズドンと組み込まれることも珍しい。「高橋くん」というのもおかしく、三十年以上続く二人の仲が微笑ましい。

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■「大乗仏教」を語りつくす4時間

 5月7日火曜日の夕刻、誉田屋の板敷きの大広間に30人ほどが集まった。第一回は「釈迦の生涯」、第二回は仏教哲学の基礎となる「アビダルマ哲学」で、この第三回は「大乗仏教の発生」である。大乗仏教の要点をたったの4時間で講義しようというのだから、たいへんだ。徹底してポイントを絞った内容は当然のこと、ほかに類を見ない濃縮バージョンとなる。その密度を支えるのが、高橋自作による練達の編集術が駆使された図解シートだ。プロジェクタで映写される、その数15枚。どの一枚も仏像の図像や経典の言葉が散りばめられている。膨大な情報量が徹底的に編集され、図解化されている。

 1枚目の「多様な仏教文化圏」から始まって、なぜ大乗仏教が出現したかを一気呵成に講義していく。大乗仏教と対比される小乗仏教との違いが鮮やかに浮かび上がり、大乗の三大経典である「華厳教」「維摩教」「法華経」は絶妙の編集見立てで、それぞれ「精神宇宙をめぐる観光ツアー」、「3幕14場のコメディ」、菩薩を主人公にした「妙法蓮華教オペラ」として語りつくされるという具合だ。地図や年表も随所に挟みこまれて、あの手この手の解説が繰り広げられる。「わたしは仏教を情報生命論の視点から読みたいんですよ」と、高橋流の解釈を要所に折り込む。「大乗仏教」の複雑な変遷も膨大な教義も、講談師さながらの名調子に乗せられて、あっという間の4時間である。
 かねてよりファンも多い松岡正剛の歴史語りが、多様な事象の関係を次々と引き出し自在に結びつけて歴史の新しい理解と発見の圧倒的な興奮をもたらす高速の歴史語りであるのに対して、高橋のそれは時空を超えた歴史の現場にグイグイと引っ張っていき、じかに立ち会わされるような熱気に満ちているといえるだろう。編集タイムマシンに乗り込んで、あたかも本人が見てきたかのような迫真力は格別だ。

 当日はISIS編集学校の京阪神の学衆らも駆けつけた。高橋をバジラ師範代と慕って集う学衆は、いまでは編集学校「守」(基礎篇)の師範代として活動し、新たな学衆にバジラ流編集術の魅力を伝えたがっているようだ。

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講義を楽しみにしている編集学校の学衆、師範代。


◎講座参加希望について
本講座を特別に聴講できます。興味のある方は下記までFAXにてご連絡ください
(但し定員があるためお断りする場合がありますので、予めご承知ください)

開催:6月27日(火)
場所:京都室町誉田屋

参加費:聴講料3000円、食事・喫茶(途中休憩)1500円程度
連絡先:誉田屋 FAX:075−231−5340
記載:住所・氏名・所属(ISIS編集学校の関係者は教室名) ・連絡先(TEL、メールアドレス)

※「編集工学研究所のサイトを見た」と併記してください

(編集工学研究所CORE 大川雅生 ISIS編集学校頭取)

2006年05月26日[EEL PROJECT]
郡上八幡の古今を"探訪"する
〜『ときの探訪』研究旅行

 編集工学研究所と松岡正剛事務所が企画を担当しているテレビ番組『ときの探訪』 (CBC・中部日本放送)の研究旅行が5月19日から20日にかけて行われた。この研究会は、番組のテーマである「日本文化への回帰」を期待させる地域を実際に見ながら、番組制作の手法を開拓し、関係各社の情報交換を行うことを目的に毎年行われている。中部日本放送 (CBCテレビ)、JR東海エージェンシー、制作編集を担うエキスプレス、及び編集工学研究所、松岡事務所が参加する。今年度は、清流と踊りで全国的に有名な城下町、郡上八幡(岐阜県郡上市八幡町)を中心に巡るバスツアーとなった。

 13時に名古屋駅改札前に集合した一同。初日はあいにく雨天だが、だからこその風情を期待しながらの出発となった。
 バスに一時間ほど揺られ、最初の目的地、郡上市街にある岩崎模型製造株式会社の食品サンプル工場へ到着する。あらゆる食品や食材を模造した実物と見紛う出来映えの"見本品"のディスプレイに一同は大感動。食品サンプルの製造過程を体験する実習もあり、エプロン着用のもと、レタスとエビ天ぷらを制作した。生物の世界に顕著な「擬態」という編集術、人の目を快く騙す食品サンプルの世界にその方法的成果を見る。

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食品サンプル体験実習の様子


 食品サンプル工場を後にし、卯建(うだつ)の残る街で有名な郡上八幡の街並みを進む。水郷、郡上市は織物・染物工芸の街としても有名である。「郡上紬」と「郡上本染」、二つの伝統的テキスタイルの現場にスポットを当てる。
 郡上紬の「たにざわ」は、人間国宝の故宗廣力三氏の精神を受け継ぎ、伝統的な手法による紬製品の生産、販売を行っている。「先生の作品はそれ自体がきらびやかなのではなく、人が着てはじめて映えるものです」店主の谷澤さんの話から、宗廣氏の人間とその生き様が面影となって立ち現れる。モダンな雰囲気を感じさせつつも、そこに人間らしさが潜んでいる。「今の時代、こういうものをこそもっと広めていかなければならない」と松岡が付け加えた。
 「たにざわ」から数分歩いたところに郡上本染の十四代、渡辺庄吉さんの工房がある。藍染めの暖簾をくぐってすぐに目に入る土間に掘られた染液を溜めるための甕が並ぶ一区画は、なんと天保時代から続くもので、県の民俗文化財の指定を受けているという。藍染めの染色と顔料の着色を組み合わせることで獅子や鳳凰など様々な模様を作り出す郡上本染。「いいことも悪いことも体験せにゃあかんかった」と笑顔で語る渡辺さん。その魅力は、編集工学研究所が企画・制作する岐阜アーカイブ『岐阜窓庫』でも紹介している。

 二つの伝統工芸の現場を訪問した後、ホテル郡上八幡のコンベンションルームで一時間の企画会議を行う。これまでの岐阜にちなんだ放送をビデオで観賞し、県別のリストをもとに今後の番組制作の方向性を検討していく。

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郡上市の伝統工芸、紬と本染を訪ねる


 二日目は、新緑の眩しい立光の地へ。鶯や雉の鳴き声につつまれた茅葺き屋根の一軒家、「立光学舎」(りゅうこうがくしゃ)を訪問する。三味線シンガーソングライターの桃山晴衣さんとパーカッショニストの土取利行さんのご夫婦(お二人は織部賞受賞者でもある)が主催するこの場所は、ときにコンサート舞台、ときに大自然の中で行われるワークショップ会場にもなる。「古くから連綿と伝えられてきた身近にあったはずの日本的なものごとがある世代を境に断絶されてしまっている。例えば、童謡や民謡のようなものの意味と方法を上辺で触れるだけでなく、ちゃんと学んでほしい」桃山さんの切な願いが、吉田川の清流の音に溶けこんでいく。
 家屋に隣接した倉庫には、土取さんの縄文コレクションが保存されている。そのうちの一つを取り出しながら土取さんは、「壷や鍋として用いられたといわれているこういった土器が、実は"楽器"だったのではないかと思うときがある」と語った。松岡は、「楽器はそもそも神と交信をするための道具、おおいに考えられることだ」と応える。

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自然と共生する一軒家「立光学舎」


 音楽家夫妻のお見送りのなか、最後の目的地を目指す。「古今伝授の里フィールドミュ−ジアム」は、初めての人でも楽しみながら歌道の精神を学ぶことが出来る"伝承"の博物館である。和歌文学館に併設されたレストラン「ももちどり」で本場仕込みのフランス料理を堪能した後、学芸員の金子徳彦さんによるナビゲートのもと、めくるめく歌学の文学史を鑑賞する。柿本人麻呂から始まり和泉式部、紀貫之、藤原定家、と続く歌人の系譜、石川啄木、斎藤茂吉といった近代の作家の作品に至るまでの流れがディスプレイされる。古今集全20巻を視覚化した壁画、「古今和歌集絵巻」や江戸時代を代表する絵師の一人、土佐光起によって描かれた「三十六歌仙絵屏風」など、貴重な作品を鑑賞する。この古今伝授の里は、「古今伝授の祖」東常縁にちなんで、東家の館の池泉跡が発掘されたことを機に設立された。「"古今伝授"とは、ただ文と語句の意味を伝えるだけのものではなく、古の人々が託した"暗号"のようなものを継承するものでした。私達はそこから"秘密"のようなものをこそ読み取らなければならない」金子氏の迫真の解説で旅の最後は締めくくられた。

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金子氏の解説のもと"古今伝授"の方法を学ぶ


 雨天ならではの風情のなか、幻のように過ぎていった二日間の小旅行。机上では知ることの出来ない物事に潜む具体性、この旅行で体験した、空気の温度や手触りをぜひとも番組に織り込んでいきたい。「ときの探訪」の新企画で"卯建をあげよう"と再度志を強くし、岐阜の地を後にした。


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(編集工学研究所GEAR 石黒壮明 editor,designer)

2006年05月23日[EEL PROJECT]
微小で偉大な技術の編集
〜村田製作所本社 訪問記

 5月5日の「いとへん」で表紙画像の撮影記をレポートした村田製作所の技術文化広報誌「Metamorphosis(メタモルフォシス)」だが、その企画会議参加のため、本社ビルを訪れる機会を得た。今回はその訪問記をレポートする。

 784年、桓武天皇によって平城京から遷都された長岡京。その後わずか10年で、平安京へ再び遷都されてしまった幻の都だ。京都駅周辺の喧騒と比べるべくもなく落ち着いた長岡京駅の前に、ガラス貼りの巨大なビルがそびえたっている。2004年10月に移転したばかりの村田製作所の本社ビルである。

 エントランスホールは赤坂ZEREビルが丸々入りそうなほど広く、受付の女性のやさしい声がよく響く。案内された上階へのエスカレーターは、センサー制御で稼動する仕掛け。その反応の微妙なタイミングが心地いい。

 企画会議はスムーズに終了し、その後各フロアーを案内していただいた。説明の端々に、新しい本社ビルができたことへの案内者の喜びと誇りが感じられて、一緒にうれし気分になってくるようだった。

 最も印象的だったのは、1階のエントランス脇の展示コーナーである。創業者・村田昭名誉会長(今年2月に御逝去された)を中心とする社の歴史と、主力製品の変遷。CMですっかり有名となった自転車に乗るロボット「ムラタセイサク君」の第1号(現在は2号目)もディスプレイされている。

 「ムラタセイサク君」の脇にある、砂のようなものが底に少量入っている、小ぶりのワイングラス。その一粒一粒がなんと、村田製作所が世界的シェアを誇るセラミックコンデンサだと知り、我が目をうたがった。ワイングラスの底にある、その数10万個! 1個の大きさは長さ0.4mm×幅0.2mm×高さ0.2mm。この粒の中に、回路が何十層にも重ねられているという。添えられたルーペで見ても、それが部品なのかどうかすら確認できなかった。ただし、このコンデンサが携帯電話などの電子機器の小型化・高機能化に大きく寄与しているという事実は、十分すぎるほど納得できた。

 創業(1944年)の頃の写真では、割烹着(のような服)を着た女性たちが梅干の壷のような大きな部品を抱えて磨いている。これが現在の砂粒サイズになってしまうまでの過程で、どれだけのブレークスルーがあり、どのように技術の「編集」が繰り返されてきたのだろうか。

 展示室の1つのコーナーに、「Metamorphosis」がバックナンバーを揃えて展示されていた。村田製作所の歴史の中で培われた途方もない技術と、それを担うみなさんの誇り、創業時から受け継がれてきた想いが、この一誌一誌に凝縮されて詰まっている。そのことを目の当たりにして、「編集」の仕事の重要さを改めて肝に銘じた一日であった。


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「Metamorphosis」第12号 鋭意編集中


(編集工学研究所GEAR 興梠証 editor)

2006年05月18日[EEL PROJECT]
身近な日本で"方法"を学ぶ
編工研GEAR【初夏】日本探訪研究会

 ゴールデンウィークも終わりに近づいた5月6日、編集工学研究所のコンテンツ制作の重鎮・バジラ師範代こと高橋秀元先導のもとGEARチーム(編集制作&システム開発事業部)の若手スタッフ中心の5人のメンバーで、東京に残る下町の歴史文化を訪ねる研究会を行った。遠くを探すより身近なところから立ち上がるものにこそ発見があるかもしれない。歩いて触れて感じる探索型編集稽古、思いがけない編集エンジンを探せることを期待して出発した。

 JRの鴬谷駅に10時集合。意外な場所から始まったこの研究会は、まず二人の人物をクローズアップする。中村不折と正岡子規である。中村不折記念館(書道博物館)には、明治期の画家であり書家であった不折の作品、及び生存中蒐集したコレクションが展示されている。大戦中、中国より持ち帰ったという大小の拓本を中心とした展示は壮観。得意とした六朝風の書、七福神の遊戯を描いた南画など、雄渾の作に一同は魅せられた。
 正岡子規の旧家として保存されている「子規庵」は、明治期の文豪が集った場所として知られている。子規という人物は人脈編集にも優れていた。夏目漱石、森鴎外、島崎藤村などの作家がたびたび俳句会を開いたというたった八畳の一間。こんな小さな畳敷きの小部屋が明治文学の中心になっていたことに驚かされる。長年愛用された書斎机は、曲がったままの足を入れるため、一部をくり抜いてある。病と戦いながら執筆し続けた作家の残滓。ここから、『墨汁一滴』や『病床六尺』など、数々の名作が生まれた。

 不折と子規の面影を感じながら鴬谷を後にし、根岸方面へと歩く。豆腐料理屋「笹の雪」のあんかけ豆腐で軽く腹ごしらえ。バジラ師範代の指導で一人二つずつ注文。そのわけは、かつて江戸の歌舞伎者が女性をつれて来店した際に見栄を張って二つずつ必ず注文したという古事にならっているとか。

 豆腐に続いて、穀菜茶房「玄結び」で本格的な昼食となった。米屋が米の真価を知ってもらうために喫茶店を改造したこだわりの店舗。雑穀といっしょに炊いた発芽玄米、白米、赤米、黒米などを混ぜて炊いたご飯に、少量の雑魚(じゃこ)やつけもの、きんぴらなどが絶妙な味まわりを作り出す。米という種のなかに潜む多様性に意外な編集的コスモロジーを覗く。

 食事のあとは地下鉄に乗り稲荷町の駅に向う。ところ変わって賑やかな春祭りが行われる下谷神社を参拝。屋外に堂々と設けられた舞台では、ニニギノミコトの天孫降臨をめぐる里神楽が上演される。国津神のサルタヒコと天津神のアメノウズメの出会いと結婚の儀という古事記の有名なシーンが軽やかな囃子の音色とともに上演された。「無言劇は、"原型"を共有していることを前提とする、"解読型"の編集方針をもっている。全てを説明しないからこそ、観衆の想像力が働き、頭の中に美しい映像がディスプレイされる」バジラ師範代の留まることをしらない解説に、スタッフのみならず周りの観衆も耳を傾ける。

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日本神話の物語にまつわる里神楽
 

 時刻は夕暮れ、いよいよ浅草へ。日本の古典芸能、落語を観るため浅草演芸ホールへと向かう。二階席からの立ち見もままならない超満員の寄席会場。テレビでもお馴染みの林家木久蔵が登場すると、会場全体の空気がどっとわく。この、一瞬で空気を操る術は、まさに不思議な日本の名人芸。文字の大きさなどスコアとしてのルールが巧みな寄席の番組表、昇進襲名のシステム、こんなところにも日本の編集世界がある。一同は寄席という場で培われた方法の妙技を1つ1つ受け取っては感心する。

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超満員の浅草演芸ホール
 

「死ぬほど旨い穴子寿司を食べに行こう」バジラ師範代の切り札"とっておき"の寿司屋に向う。中トロ二つと穴子二つ、塩と煮ツメを一つづつ頼むのがバジラ流。寡黙な主人と明るい奥さん、こんな組み合わせも日本的な"型"である。編集学校の「守」「破」の汁講でバジラ教室の学衆さんも舌鼓を打ったというとろけるような穴子寿司を食べながら、談笑のなか汲めどもつきない編集的テーマを交わす。
 研究会の〆めは1880年創業、日本で最初のバーといわれる「神谷バー」へ。デンキブランを嗜みながら、一日のコースの中から各々が感じた"日本的方法"を確認し合う。ちょっとしたところにも方法の多様性を潜ませる日本という国、今日の一日で感じたリアルな感動を雑誌、テレビ番組、あるいはデジタルアーカイブといった様々な企画で展開していきたい。編集工学研究所GEARチーム若手スタッフ一同は、ますます志を強くした。

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バジラ師範代お勧め極上の穴子寿司
 


(編集工学研究所GEAR 石黒壮明 editor,designer)

2006年05月12日[EEL PROJECT]
企画が立ち上がる瞬間をキャッチ
〜『ときの探訪』番組企画会議

「ときの探訪」は、中部日本放送(CBCテレビ)で放送されているミニ番組である。
放送時間は毎週木曜日の19:54〜20:00。JR東海提供。
番組は、JR東海沿線内を中心に日本の歴史と文化にスポットを当てる。

・・・以上の説明は、実はウィキペディアの記述に基づいたものである。「ときの探訪」(略して「とき探」)は、愛知・岐阜・三重で放映されているテレビ番組で、今年でなんと9年目を迎える長寿番組となっている。現在ではゴールデンタイムに平均10%以上という高い視聴率を誇る「とき探」だが、ウィキペディアの項目に上がっていることも、根強いファンが存在している証左といえるだろう。

編集工学研究所と松岡正剛事務所では、この「とき探」の企画を開始当初からずっと担当している。今から9年前の1997年2月、JR東海エージェンシーの担当者から松岡正剛に企画のオファーがあった。放映開始はなんとその年の4月。わずかな準備期間しかなかったわけだが、まずは「日本文化への回帰」を柱にした、番組のコンセプトを設定。そして、日本文化を芸能・建築・学問などの17のジャンルに分類したマトリックス・シートを作成し、それに基づいた10数本の番組企画書を用意。それらを携えて、名古屋のCBCテレビ局におもむき、局や制作会社のスタッフ20名以上が集結した企画会議に参加したのが始まりだった。

企画の方針のひとつとして、多様なテーマにスポットを当てるというのがある。たとえば、「織部焼」「長良川の鵜飼」「静岡茶」のような超有名なものから、「高山の猿ぼぼ」「駿河の桜海老漁」「名古屋のバイオリン」といった意外なものまで取り上げてきた。テーマや地域を偏らせることをせず、各地の日本文化を幅広く紹介する。いうなれば、「とき探」がそのまま「日本の歴史文化の映像アーカイブ」となるよう作られているのだ。

現在でも、場所をここ赤坂ZEREで、ニヶ月に一度、松岡正剛とスタッフを囲んでの企画会議が行われている。2006年4月×日も、CBCテレビの編成局長、制作会社エクスプレスのディレクター、そしてJR東海エージェンシーの担当者の計6名が参加した。9年を経ていまなお制作担当者が勢揃いしていることからも、「とき探」への意気込みが感じられる。

編集工学研究所からも新企画メンバーが2名加わった(筆者を含む)。視聴者により近い視点と、新しい発想に基づく番組作りを目指すという考えのもと、例年若手メンバーを担当に入れて企画提案を行っている。

最初の議題は、テレビ番組の生命線といえる"視聴率"である。現在まで長く続いている理由として、前述の通りスポンサーやテレビ局の方の番組に対する強い思いがあるのは確かである。しかし、視聴率という結果を出さないことには番組として生き残れない。1分毎に計測された視聴率のグラフと裏番組リストを眺め、最高で20%近くの視聴率を叩き出したときの資料も参照しながら、さまざまな要素をもとに分析が行われた。

その後最近放映された番組を見ながらの"振り返り"へと進む。
江戸の浮世絵がテーマのときには、「黒い背景を使っているのはいいね」、浜松の西浦田楽がテーマのときには「もう少し照明の当て方を工夫できないかな」。
ひとつの番組ごとに監修者松岡正剛のアドバイスが飛び、番組制作のプロ集団たちも唸ることしきりだった。

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松岡のアドバイスに一心に耳を傾ける一同

そして、企画会議のメインである、スタッフによる次期番組企画候補のプレゼンテーションが始まった。前半は「ものづくり」、後半は「まつり」をテーマにした企画が次々と繰り出され、各発表ごとに松岡による追加解説とディレクションが続く。身を乗り出しての身振り手振り、時には笑い声。張りつめた緊張感の中、より良い番組になるよう、皆その場を楽しみながら、前向きに企画をブラッシュアップさせていく。

最後は、制作チームと企画チームの合同合宿の打ち合わせである。よりリアリティのある番組作りのため、一年に一度合宿を行い、「日本文化の現場」を探訪するのだ。その合宿計画も番組と同じように、あらかじめ企画書にまとめられており、合宿に参加する松岡も一緒に検討した。

11本の企画案がプレゼンされた、約3時間に及ぶ「とき探」会議が終わった。噂には聞いていた企画会議を初体験し、コンセプトの柱である「日本文化への回帰」が、どのように映像として表現され定着されるのか、その一端を垣間見ることができた。後は採用された企画が番組となって、お茶の間に放映されるのを楽しみに待つばかりである。


「ときの探訪」公式サイト


(編集工学研究所GEAR 興梠証 editor)

2006年05月05日[EEL PROJECT]
懐中電灯で編集光学
〜4/24『玄武洞ミュージアム』撮影記

村田製作所の技術文化広報誌「Metamorphosis(メタモルフォシス)」。
創刊号から編集工学研究所が企画・編集制作を担当しているが、その表紙は鉱物の写真というのが毎号恒例となっている。色とりどりの鉱石や晶石が、黒い背景に光り輝いている表紙は、インパクト十分である。表紙を飾る鉱物の写真は、ずっと大西成明さんにお願いしている(seigow自著本談の『遊』にも名前が登場する)。4月24日、兵庫県豊岡市の玄武洞ミュージアムに、次号の表紙の撮影に向かう大西さんに同行した。

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玄武洞ミュージアム外観

玄武洞ミュージアムは、志賀直哉とカニで有名な城崎温泉の近く、世界各地の珍しい鉱物が揃っていると評判であるが、なんと館長の田中榮一さんが一人で全部コレクションしたのだという(ここは未詳倶楽部参加の方はピンときますね)。その数1000点以上。フロアを埋め尽くす鉱物を前に茫然とする私を尻目に、大西さんは、撮影用の鉱物をセレクションしていく。撮影場所は、外光を遮る暗幕がある、ビデオ放映室の一角となった。背景を作るため、黒い布をポールに固定し、机の上に垂らす。ここが選んできた鉱物の舞台となる。

このような本格的な撮影が初めての私をもっとも驚かせたのは、大西さんが照明に懐中電灯を使うところである。しかも、5個も6個もセットして、被写体に多方面から光を当てるのだ。当然のことながら電池が消耗されるにつれ光は弱くなってくる。そんな不安定な光源を、普通のカメラマンなら使わないだろう。しかし大西さんは、この方法をずっと通しているという。一個の強力な照明だけだと、モノの表情が平坦になるが、さまざまな強さの光を何重にも当てることで、多様な表情を浮き立たせるのだ。これぞ編集「光」学。その言葉通りに、文字通り無機質な鉱物が、懐中電灯の光で血の通うような生気を帯びてきた。

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懐中電灯の照らし具合を確かめる大西カメラマン

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懐中電灯で妖しく光るトルマリン石

「動物が石の中に宿るって感じだね」
大西さんが次々にシャッターを切る横で、私は懐中電灯を手に持って、指示通りに光の当て方を調整した。不安定な光ゆえ、シャッターごとの光の微調整は必須作業である。
「ずいぶんと肉感的になってきたね」
「情欲を掻き立てられるな」
「あのあたりが淫靡だ」
表現はだんだんとエスカレートし、息遣いも荒くしながら、大西さんと私は撮影作業に没頭した。

撮影作業は朝8時半から夕方の4時までに及び、7つの鉱物を撮影した。ひとつにつき大体1時間かかったわけである。大西さんの懐中電灯で命が吹き込まれた、少し艶かしい鉱物の姿が、とても楽しみである。

(編集工学研究所GEAR 興梠証 editor)

2006年04月28日[EEL PROJECT]
ミニ編集学校で市民記者生まれる
〜4/22藤沢市民記者養成講座 修了証授与式

 4月22日、神奈川県藤沢市、藤沢市防災センターで「電縁都市ふじさわ市民記者養成講座」の修了証授与式が行われた。この講座は、慶応義塾大学金子郁容研究室が担当する文部科学省「現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)」内の「コミュニティ型教育プログラムと地域活性化支援」と連動したプログラムとして、2月19日から2ヶ月間に渡って行われ、22日にいよいよフィナーレをむかえることとなった。

 この講座は、藤沢市のポータルサイトなどで活動する市民記者を養成することを目的としていて、まずは ISIS編集学校のカリキュラムの一部を市民向けにカスタマイズし、古野伸治コーチ(ISIS編集学校師範)によるネット上の「ふじさわ電縁ジン」教室上で行われるバーチャルな編集稽古(編集力養成ステージ5週間)と、太田剛世話人(編集工学研究所)によるワークショップを中心としたリアル研修(全3回)で構成され、多様で密度の高い内容となった。

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「ふじさわ電縁ジン」教室

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太田剛世話人

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古野伸治師範

 基礎編集力を養うための「イメージの変換」「型の利用」「言い換え術」などに重点をおいた稽古が終わると、後半の「編集力応用ステージ」(3週間)では、地元のゲストによる藤沢の自然・歴史・文化に関するレクチャーをコラムにまとめる実践講座へと発展していく。藤沢の郷土史研究家である小林政夫氏、漁師一筋45年の葉山一郎氏の二人のゲスト講師による奥が深く、ユーモアに富んだ話についつい引き込まれ、熱心な質問が飛び交うなど、講座は始終、意欲的な雰囲気が途切れることがなかった。

 14名の受講者のうち10名が第2人生を有意義に過ごしたいという退職組。全員が無事に修了証を手にした。この講座の様子は、地元のケーブルテレビでも紹介され、「本講座を終えてみてどうですか?」というレポーターの質問に対して、太田世話人は「しっかりと力をつけてくれた受講者が多いので、あとは継続して市民記者として活躍し続けてほしい。また、そういう場を用意してあげたい」と、10年以上も藤沢市市民電子会議室に関わる世話人らしいコメントを返した。

 8週間にわたる講座を終えた修了証の授与式では、お互いのコラムを評価し合うとともに、参加者一人一人のスピーチが行われた。「今まで気がつかなかった自分の可能性に気づくことができた」 「地域を観察しようとする目が養われた」などの感想が寄せられた。
 編集的な方法を用いることで地域活動を盛り上げる。藤沢で実証されたこの新しい試みが、今後、各地で応用されていくことになりそうだ。

(編集工学研究所GEAR 石黒壮明 editor,designer)


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修了証授与式の様子

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太田世話人と郷土史研究家、小林政夫氏



2005年11月18日[EEL PROJECT]
土佐尚子が語る「本との出会い、本とのインタラクションの表現」

編箒『文化をコンピューティングする』の回で松岡正剛との過去のいくつかのコラボレーションを語った土佐尚子氏。そこでは一冊の本の中に潜む可能性、本の未来の姿についても話が弾んだ。
その後9月8日に「NICTユニバーサル・コミュニケーション・シンポジウム 電子知密都市の誕生−図書街プロジェクトの始動に向けて」が東京国際フォーラムで開催された。シンポジウムでは、プロジェクトへの参画が計画されている研究者が、研究内容を概説する「研究開発スコープ」セッションがもたれた。土佐尚子氏は研究テーマを「図書街の文化構造とルールをもった直感的インタフェース表現技術の研究」とし、来場者を魅了した壮麗なCGデモ映像を交えながらのプレゼンテーションを行った。
今回は研究テーマと図書街への想いについて、より具体的に語ってもらった。

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シンポジウムでプレゼンテーションを行った土佐尚子氏


■本との出会い、本とのインタラクション

――図書街プロジェクトにおける土佐さんの研究テーマは総じて言えば、認知とか直感的なインタフェースといったものですよね?
「今回デモ映像でお見せしたフレーズインスピレーションなども、そういう点から考えているものですね。 
本から検索する方は固定概念が出て来て…やっぱり第一印象が強いじゃないですか、例えば“樋口一葉はこんな感じ”、みたいな…。でも、そうじゃなくてフレーズから入っていって、“あー、意外と自分の興味はこんなところにあったのか”というような新しい面白さというか発見があるでしょう。そういうものがインタラクション、インタラクティビティの面白さだと思うんですよ」
※フレーズインスピレーションとは、松岡正剛によって分類された本のフレーズを、自分の直感に従って選択していきながら最後に本にたどり着くというインタラクティブ手法

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シンポジウムのために制作されたCGのデモ画面より。本が開いてフレーズが舞う!

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図書街の壮麗なCGデモ映像。ヨーロッパ史・ルネサンスに関連した書架群をめぐるシーン


――土佐さんがこれから探求してみたいテーマはどんなものになりそうですか?
「今はカルチュラルコンピューティングとインタラクティブなストーリーテリングというようなものでしょうか。最終的には、自分が任意の世界に入ることのできるようなインタラクティブな記憶の映画生成ですね」

■図書街という場所とパーソナルな“記憶の書斎”

――利用者として、図書街ができたら何をしてみたいですか?
「一番うれしいのは、本を持たなくていい、全てネット上にある、自分の好きなものだけいつでもどこでも自分の携帯とかPDAとかにダウンロードできるというところでしょうか。
世界中どこに旅をしても、日本語版、英語版、原著が読みたいときに読めて、さらに自分の記憶の書斎もネットの中にあり、インタラクションにより、自分の嗜好と図書街がダイナミックに対応してくれるという状態です。たとえば、南アフリカのケープタウンで、自分がエディティングした電子の“記憶の書斎”で本を読み、故郷の哀愁に浸りながら、雲に隠れるテーブルマウンテンを見るというギャップの刺激とか。ネット図書街と現実の、危ういというかシャープな繋がりをつくっていくと面白いかも。
それと、欲しいものだけネットから紙に印刷して読み、一定時間経つと文字が消えて再利用できるというのも欲しいですね。これはそのうち誰かが創ってくれるでしょう(笑)」

――図書街はどのようになっていくと思われますか?
「『図書』というのは、自分の知識の延長、自分の脳の拡張、思考の支援、記憶の増幅になっていくのではないでしょうか。それらの知識から、システムが自分流の考え方をあるレベルで理解し、知恵に変換してくれるといいなと思います。
もう一つは、世界中のいろんなところに行ったとしても、そこの図書街に入ると本を選び、読み、書斎で、編集し記憶する。それが脳の奥を刺激してくれたり、なつかしく思い出させてくれたりといったような場所、ですね。サイバースペースは意外と公共的でタテ社会なところですが、その中で“秘密の場所”みたいなものが欲しいですね。欲しいでしょ?(笑)」

――欲しいものは自分で作るのがメディアアーティストであると(笑)。そういえばPostPet作者の八谷氏も、「使いたい人が、作るべき人、かも。」という題の講演をされていたことがありましたね。ありがとうございました。


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“記憶の書斎”のインタフェースイメージ

(05.11.18 聞き手:池田紀務)



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