ようやく千夜千冊-vajra's book tour-
- 第七百五十夜【0750】2003年04月09日
- 空海『三教指帰・性霊集』(日本古典文学大系第71巻)
- 1965 岩波書店

「空海のアジア編集世界」
前回、再読して紹介した千夜千冊のスーザン・ブラックモア『ミーム・マシーンとしての私』(第六百四十七夜:2002年10月28日)において、松岡正剛はミームについて、「ぼくの言葉や思考の多くがそれらの情報群、すなわちミーム群の影響をうけ、それらの多くを模倣していることがはっきりするだろう」としながら、空海の模索に触れていた。「空海の『三教指帰』をつぶさに研究した福永光司によれば、その文章の全体の85パーセントが中国文献からの引用と模倣と改竄なのである」と記している。
福永光司氏は中国思想史、道教研究の泰斗であって、高野山専修学院院長の松長有慶師との共訳で中央公論社の「日本の名著」(現在は中公クラシックス)の『三教指帰』を出された。この二人が共訳に当たられたということは、そこにインドから西域・中国を経由したミームが躍動していたからだろう。松岡正剛は「だからといって空海の『三教指帰』は中国のどの文献にもない独創に満ちていた」と記し、ミームの取捨・配列・集合・構成といった編集が、その独創の基盤にあったことを示唆している。
そこで『ミーム・マシーンとしての私』の青字のキーワード「空海の『三教指帰』」をクリックすると、早速、空海『三教指帰・性霊集』が目に飛び込んできた。それは松岡正剛著『空海の夢』の骨子にはじまり、インドに発生したヒンドゥーイズムが第1に森林型の沈思黙考型、第2に坐って考える思想、第3に多神多仏型の思想であり、第4にそこに生まれた宗教は意識をどのようにコントロールするかという方法だったとまとめられている。そこでは生命現象の一部が意識になったと理解され、意識の一部が心や精神や欲望という“お化け”をつくったと考えたと、その核心が抉られていた。
これを読むうちに、2006年11月2日、高輪プリンスホテルの国際館パミールに催された「ダライ・ラマ14世特別講演会」の光景が重なってきた。世界的に活躍する仏教NGO「ASIRA」(全真言国際救援機構)が主催、天台宗が協賛し、日本側の窓口となった「密教21フォーラム」の長澤弘隆事務局長の懇切な招待によって参加させていただいた。
日本のマスコミはチベットの悲惨を報じたことがない。日中関係、国際情勢を姑息に勘案してのことだろう。胡錦濤主席が6代中国共産党チベット自治区委員会書記を勤めたということもあろう。ジャーナリストを守るNG0「国境なき記者団」の「世界報道自由度指数」によれば、日本は昨年、世界168国中、51位に低落した。その原因をマスコミは日本の右傾化に糊塗するが、報道妨害の跳梁や記者クラブ制度などへの批判が大きい。日本はある一線をこえると、言論の自由など保障されない恐るべき報道後進国なのだ。
ともあれ、その昼食会ではダライ・ラマの著作、『般若心経』を翻訳された宮坂宥洪さん、根来寺の画僧牧宥恵さんの隣席で、お二人に紹介されて、大須観音(宝生院:真福寺)の岡部快圓貫主、真言宗智山派総本山智積院の久志卓世執事にご挨拶させていただいた。
余談になるが、大須観音は東京の浅草に比肩する名古屋の大衆文化が結集した門前町を擁し、南北朝時代の密教僧・賢瑜(けんゆ)が書写した真福寺本『古事記』をはじめ、古写本15万点を蔵する図書館「大須文庫」があって、かねてから取材したかった。そこに国学の基礎を築く契沖を生み出した日本密教の注目すべき素地が見える。智積院は私が若くして京都在住のころ、長谷川等伯父子の障壁画を背景に庭池に張り出す濡縁での沈思を黙許してくださった御寺で、そばを通るたびに往時を思い出す。これもご縁というものにちがいない。
ダライ・ラマ14世の講演は亡命生活に配慮して、「平和と人権」の実現に世界の宗教、ことに仏教が有効に働くというものであった。その際、小乗(上座部仏教)、大乗、金剛乗(密教)は乗り物が異なるが、ブッダという共通の師匠の教えに従ってもらいたいというメッセージが伝えられた。ダライ・ラマは仏教徒とはブッダの悟りの内実である「十二因縁」と方法としての「四諦」を共有する人々であるといって、その共通意識に訴える講演となった。
「十二因縁」は「十二縁起」ともいう。これは人間の苦悩の原因となる十二の円環的迷妄だが、現代の科学哲学に照らせば、心の発生過程でもある。無明(むみょう:生命の情報集積)・行(ぎょう:生物進化の過程)・識(しき:受胎時の身体と精神の結合)・名色(みょうしき:五感と意識の分化)・六処(ろくしょ:五感と意識の器官の生成)・触(しょく:出生後の五感と意識の試行)・受(じゅ:幼児の苦楽好悪の発生)・愛(あい:少年少女の性愛の発生)・取(しゅ:青年の我欲の追求)・有(う:大人の安易な結果を見越した発想)・生(しょう:壮年の輪廻持続の決定)・老死(ろうし:苦悩の老衰と死)という。
これを「無明に縁(よ)りて行あり、行に縁りて受あり・・・」と、前の状態が縁となって後の状態が発生し、最後に「生に縁りて老死あり」となり、最初にもどって来世に持ちこされる「無明」の情報堆積がおこる。ブッダは最後の「老死」を見つめて十二因縁を逆にたどり、「無明」を切開し、生命を情報体として把握したともいえる。そう思ううちに、ワトソン・クリックが遺伝子DNAを発見して間もない20歳のころ、「十二因縁」を考えたとき、進化学者ヘッケルの「個体発生は系統発生を繰り返す」の一言に、科学が精神の発生をどう扱うかに興味を抱いたことを思い出した。
ともあれ、その「無明」を切開することで得られた方法が「四諦」で、苦諦(一切皆苦の認識)・集諦(煩悩の認識)・滅諦(煩悩の排除)・道諦(八正道の実践)という。ダライ・ラマは日本の聴衆に訴え、「くたい」、「じったい」、「めったい」、「どうたい」と日本語で発音されていた。このような前提を語って、ダライ・ラマは日本仏教の「慈悲」の発揮を強調した。「慈」は「マイトリー:平等な友愛」、「悲」は「カルナ:苦悩の共有」で、仏教徒はだれかが悲しんでいたら、自分も悲しくなるという共感に基づいて生きているのだから、世界平和にも貢献するだろうという。サンスクリットの“平和”にあたる「アマン」は、「ピース」や「アル・イスラム」などと異なり、「四苦八苦」が除かれた世界を指すのは言うまでもない。
「四諦」は生命が情報体であることを前提に、情報装置としての身体が相互に受発信する情報の選択・解釈・抑制の方法でもある。仏教は「十二因縁」が示すように、情報が先行して身体の諸器官が形成されるという情報先行説なのだ。これを短絡すれば、ミームが働いてジーンが形成されるとする理論であって、「四諦」とはミームを編集しなおす方法ともいえる。
仏教はそれを運ぶキャリアによって小乗・大乗・金剛乗(密教)となったが、最後に出現した密教はほとんどが滅んでいる。ダライ・ラマは演壇に荘厳された密教法具のバジュラなどを微笑みながら手に取り、日本密教に配慮したが、チベットでは密教はニンマ派やカギュ派などに伝統されるものの、15世紀ころに大乗を復興して密教を制限し、ダライ・ラマを擁するゲルク派を形成した。現在のダライ・ラマも大乗論理学を中核とするチベット仏教を代表する。
松岡正剛はミームについて、「存続させるミームばかりではなく、滅ぼすミームも働く」と言う。インドのパーラ朝の密教はセクシャルパワーを重視して衰滅し、ビルマ密教もパガンの巨大寺院群遺跡を残して破綻し、ジャワ密教もいまやない。中国密教も唐の玄宗皇帝時代に風靡したものの、漸次、衰微し、朝鮮半島でも高麗の滅亡とともに姿をひそめた。密教は一時的には全仏教圏に広まったが、顕著に密教が残された地域は日本とチベット西端のラダックにすぎなくなった。インド密教には「滅ぼすミーム」が潜んでいたのかもしれない。こう考えると、なぜ日本密教が生き残りえたかということに興味がわいてくる。
これについて、松岡正剛は仏教が根底におく「十二因縁」を涅槃にいたる求道ばかりでなく、「意識の進化」、「意識の高次化」という問題として捉えなおせる見方をはらみ、そこに空海はかけていったからだとする。なぜそのように仏教の流れを捉えなおせたかというと、空海の出自、佐伯一族に伝統されていた「言葉の力」への確信からきているという。いわば「情報編集」への確信だ。そして「空海はインサイダーの思想とアウトサイダーの思想に目配りし、儒教と道教、南都六宗と雑密を押さえ、これをデータベースにしながらドロップアウトを決意し、大学を捨て山林に飛びこんだ」と記す。さらに「自身のライフスタイルをブッダに照準をあわせ、その出家者の末裔に連なることを選んだ」、「ブッダだって勝手に山に入った」と突っ込んでいる。
いわばインド・中国・日本に出来したミームを編集しながら、その編集されたミームの動的構造をブッダのライフスタイルに実現しようとした。出山した空海はたちまち『三教指帰』を書き上げた。そこに儒教論・道教論・仏陀観・無常観という二軸四方を定め、この機軸を動かす「情報編集」を縦横に駆使した。こうして空海は、密教をインド密教にとどまらない「アジアの編集」、現代なら「世界の編集」にふさわしい装置として求めたわけだ。
その「精神進化」の構成において、『華厳経』が「十地」(十段階の精神進化過程)を「歓喜地」という人間が仏の慈悲を知った段階からはじめるのに対し、密教の『大日経』では苦から楽にいたる「十綱目」を設定し、「渇愛の生」から精神進化がはじまるとする。空海はこれらの精神進化の十段階を再編集した『秘密曼荼羅十住心論』において「動物の精神」(羊の精神:異生羝羊心)からはじめている。
もっといえば、『大日経』の「十綱目」は恣意的な「カルパ」(劫)の深さで精神段階を構成した。これは世界の均衡とともに宿命と呪術を強調しすぎる。空海はそれを「十住心」と改め、現実的な動物から人間、儒教・道教の境地、仏教哲学の進展段階に重ねあわせた。宗教の「宗」には「主張」の意味がある。空海密教の革新性は「宗」をまたいで、「宗」を超えようとしたことにある。
こうして空海は人間の精神の行方に、新たに設定した「密」をおく。しかし「密」なる世界がいかなるものかは説かれない。ただ「身・口・意」を「密」とするのみである。これを「三密」という。すなわち、「身体・言語・意識」である。この情報を受信し、蓄積し、伝達する間におこるすべての編集をふくむコミュニケーション装置の集合体こそが「密」の実体なのだ。それを「動的ミームの集合体」と訳すこともできよう。これは日本に自生した、あるいは大陸から到来した諸ミームを編成する役割を果たしてきた。実際にも空海の理論的著作は独自なミーム編集のタームに彩られている。
それらのタームを並べていると、実は精神進化を遂げつつある、あらゆる“過渡の現在”が、そのまま「密」なのだと思えてくる。現代において空海の「密」は解かれざるものではなくなりつつあるかもしれない。遠からず、現代思想の最前線に踊り出すであろう。しかし、こうも情報観、世界観が滅裂になった日本で空海密教が評価されるより、たとえ狭い「自己」の領域がターゲットとなっているにせよ、“情報体としての生命”をめぐるチャレンジが続出する海外で評価され、逆輸入されるという事態も予測されうるのである。
編集工学研究所GEAR 高橋秀元 研究員


















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