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▲共読日本を編集中!

一つのお題にたくさんの回答と指南が連なる“共読スタイル”を通して、新しい方法に出逢うための学校、編集術の修得とともに共読スキルが格段に上がります。
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■セイゴオ先生の編集術エクササイズWebツアー[序]→ISIS本座で随時受付中!

■イシス編集学校
秋開講の基本コースは2011年10月17日開講。
→[守]お申込みはこちら。


 
2006年09月 記事一覧
[09/30]
『千夜千冊』全集を前に、NHK出版より新刊。
[09/29]
「六年千冊七巻仕立て ―めくるめくブックコスモスの秘密を語る
[09/27]
色をかさね“玄氣”をおこす。
[09/25]
15期[守]船出間近の赤坂ZERE
[09/19]
ふるき心のさざめき『日本の歌謡を聞く』
[09/17]
ISIS編集学校*なるほど用語集〜その6「校長校話」
[09/14]
ISIS編集学校*なるほど用語集〜その5「選評委員」
[09/12]
【潜んだ日本5】新たな同朋衆よ、参集せよ!
[09/11]
とことん夢中のその先に。7.19感門之盟レポート
[09/10]
ISIS編集学校*なるほど用語集〜その4「編集稽古(へんしゅうげいこ)」
[09/08]
ISIS編集学校*なるほど用語集〜その3「アリスとテレス賞」1
[09/07]
とことん夢中のその先に。7.19感門之盟レポート〜その2
[09/05]
青山ブックセンターの本棚をジャック!
[09/01]
とことん夢中のその先に。7.19感門之盟レポート〜その1
 
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2005年: 11月       
      
[松岡正剛Online]

     
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2006年09月30日[information]
『千夜千冊』全集を前に、NHK出版より新刊。
〜【ISIS堂通信】#002 松岡正剛「日本という方法」

【ISIS堂通信】の第二回目は、千夜千冊全集発刊を目前に放つ、松岡正剛・ISIS編集学校校長の新著をご紹介します。日本をより深く知りたい・想いたい人には必読の、“おもかげ”と“うつろい”の文化論です。



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松岡正剛『日本という方法』
NHKブックス (2006/9/30)
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 2004年に放映されたNHK人間講座「おもかげの国うつろいの国」(全8回)のテキストをベースに単行本化したものですが、ここは松岡校長、当然のように全面加筆修正。第8章「朱子学・陽明学・日本儒学」と第12章「日本の失敗」の新たな2章も追加しています。しかし、全体の構成はほとんどそのままで残し、人間講座のテーマであった“日本を編集的に見る”というスタンスは変わっていません。

 紀貫之・山鹿素行・二宮金次郎・安岡正篤・三島由紀夫・本居宣長・契沖・荷田春満・田安宗武・賀茂真淵・島崎藤村・内村鑑三・西田幾多郎・北一輝・石原莞爾・司馬遼太郎・・・
 「目次読書法」に従って目次を眺めるだけでも多士済々。彼らがどのように「情報編集国家・日本」を創っていったか、興味を掻き立てられますね。

 「日本の方法」ではなく、「方法の日本」。安倍新政権も発足し、ますます慌しく変わってゆく日本を想う前に、そして千夜千冊全集という膨大で深遠なブックコスモスに入り込む前に、まずはこの本で“日本的編集方法”を探ってみてはいかがでしょうか?

 ちなみに、上の本の画像をクリックすると、そのままAmazonで購入できます。
 あと、『千夜千冊・遊蕩篇』で、サングラスが渋い校長の顔をクリックすると・・・?

◇目次

第1章  日本をどのように見るか  
第2章  天皇と万葉仮名と語り部     
第3章  和漢が並んでいる
第4章  神仏習合の不思議
第5章  ウツとウツツの世界
第6章  主と客と数寄の文化
第7章  徳川社会と日本モデル
第8章  朱子学・陽明学・日本儒学
第9章  古学と国学の挑戦
第10章 二つのJに挟まれて
第11章 矛盾と葛藤を編集する
第12章 日本の失敗
第13章 失われた面影を求めて


(編集工学研究所GEAR 興梠証 editor)

2006年09月29日[information]
「六年千冊七巻仕立て ―めくるめくブックコスモスの秘密を語る9月30日新宿・紀伊国屋ホールにて特別講演。

『千夜千冊』の発刊を記念する特別講演会が、9月30日新宿・紀伊国屋ホールで開かれます。
 間際になってのご案内ですが、まだ残席もあるとのことです。当日券も発売されますので、いまからでもお時間の都合のつく方は、ぜひ我らが松岡校長の日々の編集稽古の完成の姿を祝いに集ってください!

 ご存知のように、松岡正剛校長の「千夜千冊」は、ISIS編集学校のスタートとほぼ同時の2000年にスタートしました。毎夜、一冊の本を取り上げて、破格の編集術で紹介していくネット上の読書サイトとして、スタート。以来、多くのファンを集め、現在では月間のページビューが160万アクセスを超えるメガサイトとなりました。
 各界より注目を集めるその『千夜千冊』が、いよいよ出版されて、全7巻の全集になります。その第3巻目が『脳と心の編集学校』です。内容は「編集」をめぐるワクワクするような知の総覧。これはISIS編集学校にとっても、ビッグニュースなのです。詳細はまた次の稿にて。

 では、明日、新宿でお待ちしています!
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 第49回新宿セミナー@Kinokuniya
 松岡正剛『千夜千冊』(求龍堂)刊行記念特別講演
 
 「六年千冊七巻仕立
     ――めくるめくブックコスモスの秘密を語る」
 
 日 時:9月30日(土)13:00開演
 (12:30開場)
 会 場:新宿・紀伊國屋ホール
 (紀伊國屋書店 新宿本店4階)
 料 金:1,000円(全席指定・税込)
 主 催:紀伊國屋書店
 協 力:求龍堂・松岡正剛事務所
 前売取扱所:キノチケットカウンター
 (紀伊國屋書店 新宿本店5階 10:00〜18:30)
 ご予約・お問い合わせ:紀伊國屋ホール 03-3354-0141
※当日の電話予約は11:00で〆切り、12:30から当日券も発売されます。
*イベントの日時・時間については、急な変更等がある場合がございます。詳細は紀伊國屋ホールにお問い合わせください。

2006年09月27日[Edit School News]
色をかさね“玄氣”をおこす。
〜ISIS編集学校九州支所発足会レポート

 ISIS編集学校九州支所は、9月23〜24日、発足会を行った。松岡校長が命名した支所名は「九天玄氣組(きゅうてんげんきぐみ)」。当校では5つめの支所となる。

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(友泉亭大広間にて)


 発起人は中野由紀昌さん(15期守師範・離学衆)。会員は九州在住及び出身(両親のどちらかが九州出身でも可)の同門生、27名だ。中野さんは機会あるごとに集っていたメンバーに働きかけ、この春から設立の準備をすすめてきた。すでにABC青山ブックセンター福岡店の「松岡正剛・千夜千冊の九州展」をプランニングするなど、支所活動ははじまっている。

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「松岡校長への年賀状などをみんなで作って送りはじめたこと、これがきっかけでした」。

 当日は、松岡校長、関西支部「奇内花伝組」のメンバー、地元の未詳倶楽部会員、西日本新聞社の記者、阿蘇デザインセンターのディレクター、北九州に作品を点在させる建築家の方など、九州に縁ある人々が招かれた。発足会は、前夜の「松岡校長を囲む玄氣な縁会」をプロローグに、発足式と柳川への小旅行の、会全体としては2日2夜の日程で行われた。
 この日のため、組メンバーは、週末ごとにミーティングと下見を重ね、本棚企画・発足会とダブルで準備をすすめてきた。松岡校長はじめ、招かれた全員がその心づくしのもてなしをうけた。

■九天玄氣の由来〜すべての色がやってきて“玄”となろうとする
 発足式は、福岡城南地区にある元黒田家藩主の別邸「友泉亭」の大広間で行われた。
 中野組長が、発足のいきさつ、活動、抱負や展望を自らのおもいとともに語った。応える松岡校長は、組名に使った言葉の由来、そこに込めた心を伝えた。
 「碁盤の中央に天元を打つと周りに星が4つ、間を入れると8つあって全部で9つとなる。碁盤は九天に始まるんです。その碁盤と石の関係のように、編集とは、外からやってきた情報をいろいろ組み立てていくことです。古代九州は日本の母型ですが、そのかたちがどのようにできていったかといえば、碁石をつなげていった。そして“百済”と“倭”を分けた。さまざまな布石があって「倭国」ができてきたわけですよね。「日本」とか「九州」というものは、法律的に決められたものではなく、そういう“布石のエリア”みたいなものであるわけです。そういうものを“囲い込んで”、みんながそこに石を打ち込んでいくようなイメージが地域の活動には必要です。編集学校の九州支所として、そこに道教の「道(タオ)」を加えました。そのタオの持っている根本を“玄氣”といいます。もともと老子や荘子が一番重視したコンセプトは、中国の哲学が常に重視してきた「氣」で、もう一つは「玄」です。僕は「玄月」という俳号を自分でつけましたけど、絵で描くと、赤が最後に黒へ向うあたり、そのような月を玄月といいます。すべての色がやってきて、最後に黒になろうとするところが「玄」。そんなタオを、九州という地上に九天から落として、そこへ宇宙のような過密なアジアがもっていたコスモロジーを活かしてほしい」。

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「この“玄”は“雷”です。早く点を打つんです」。

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司会をつとめた丸山シズ枝さん(離学衆)

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爽やかに晴れた秋分の日、広間に面する池の涼、庭の緑が心地よい。新涼を感じるまでもうあと少し。


■九天を国見遊山〜編集あそび「急須で九州っチャ」
 お楽しみの編集ゲームは、発足式に相応しく九州の国に分かれて競う“国見ごっこ”となった。松岡校長を“正客”に見立て、用意された本や小物などでお国自慢を3つ仕立てて、献上する。また参加者は2チームづつ茶室に招かれ、九つの国から取り寄せられた山茶の振舞いを受け、そのお茶の印象、宗匠(上原美奈子さん)の語りを献上物のらしさとして加味するなどアトラクティブな趣向も盛りこまれた。考案者・田中弘師範代のナビのもと、ゲームは絶妙の間合いと連携ですすんでいった。

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ダンドリプロ、田中弘師範代(10期・弓なりネクタイ教室)。アシストは鈴木郁恵師範代(15期・ココ恋絡船教室)。

tanaka_0926_11.jpgお茶の宗匠は「ティーリテラシー」の肩書きをもつ上原美奈子さん(8期学衆)

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茶室の床には“ん(運)”のつく九州野菜。松岡:「“風俗”と書いて「風俗(くにぶり)」と読むといい。九つの国がそれぞれ“俗”で、その風俗が競い合うといった遊びでした。日本はもともと「国見」ということをしていた。高い山へ行って国見をし、国造りをした」。(友泉亭の茶室「章山庵」にて)

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9つの国の献上物を比べて、松岡校長の講評タイム。「“流れ着く”というような水平軸で動いてくるものと、上から降りてくるといったものの組み合わせは、「九天玄氣組」に込めたものになってますね」。

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夜の懇親会は、「にわか」遊びで無礼講(「博多々蔵」)。中州の隠れ家ふうのダイニングバー「HAKATA DINING」での夜噺では、曼珠沙華談義に松岡校長の錆声が加わる。初秋の夜長は瞬く間に更けていった。


■セイゴオの白秋・九天のセイゴオ〜下る柳川・上るうなぎ

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川下りを楽しむ。日差しはじりじりと肌をさすも、銀木犀が微かに香り、川べりには赤白の彼岸花が咲く。

 翌日は西鉄大牟田線の特急電車で有明へ向い45分、白秋の生地、水郷柳川を旅する。松岡校長とともに川くだりを遊び、柳川藩主立花家資料館を訪ね、「御花」で名物の鰻に舌鼓をうち、白秋の生家と記念館までそぞろ歩いた。白秋は「千夜千冊の九州」のテーマである「5つの幹」の一つだ。他の幹は福澤諭吉、柳田国男、三浦梅園、頭山満。


 ここでも白秋の故郷ならではのお題が出された。タイトルは「おさなごころの色紙ミメロギア」。10分間で水色の画用紙の上に26色の色紙でイメージをつくり、15秒でプレゼンする。柳川や白秋の、今回の発足会の印象、九天玄氣からの連想、校長、組長、会員に向けてのメッセージなどのテーマで、おもいおもいのミメロギアを発表した。

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折り紙、のり、はさみを手に…誰もがおさなごころに。

 会のオーラスは白秋記念館での松岡校長の特別講義。
 提示されたキーワードは3つ。壊れやすいものを大切にして、維持し続けてきた白秋の「フラジリティ」、雅なものと俗を分けなかった「雅俗不分離」、そしてオブジェの享楽快楽を含む「ノスタルジー」である。千夜千冊をテキストに、「松岡正剛の白秋」が流れるように語られていった。

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「御花庭園」の仙台松島を模したといわれる池を皆で眺める。手にする扇子は参加者への記念品。会員の分には名前と会発足にあたって詠んだ一句、その他の参加者の扇子には名前が筆書きされている。

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参加記念の扇子と会員プロフィール「十人十色帖」。手作り。

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前夜の「松岡校長を囲む玄氣な縁会」の様子。(左)博多の懐石料理店「根岸」。博多人形師の中村信喬さん、安川タクシー代表の安川哲史さんによる『博多祝い唄』を聴き、歌う。(右)二次会は未詳倶楽部会員の山本啓湖さんが経営するアイリッシュバー「ザ・ケルツ」にて。おいしいアイリッシュビールで再び乾杯。若き日のセイゴオ氏の映像も上映された。

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「千夜千冊の九州展」は、青山ブックセンター福岡店3Fブックフェアコーナーで、10月28日まで。一角には編集学校同門生の著書本も並んだ。右は「九天玄氣組」がプロデュースした商品の一つで「三夜三冊帯」(910円)。


千夜千冊1157夜 「九州水軍国家の興亡 」武光誠 もご覧ください。


〜九州支所のみなさん、「九天玄氣組」の発足、おめでとうございます!〜(いと・へん編集部)

(編集工学研究所 いと・へん編集長 田中晶子)

2006年09月25日[Edit School News]
Edit School News
〜15期[守]船出間近の赤坂ZERE
10月2日のスタートを控え、15期[守]の開講準備が大詰を迎えています。用意周到に、かつ一気呵成に。スタッフ一同おおわらわの作業風景をご紹介しましょう。

  講座開始まで後1ヶ月という頃になると、編集学校スタッフルーム【CORE】は、にわかに慌しくなります。刻々と増えていく受講申込の状況を見つつ、エディット・カフェやデータベースへの登録、ID・パスワードの発行と、教材の手配が始まるのです。講談社現代新書『知の編集術』、『入門から卒門まで』のDVD、発送用のクッション封筒が、嵩高く積み上げられていきます。その一方で、先期の開講中から加筆・修正を繰り返されるのが『受講案内』と『受講の手引き』です。回答と指南の細やかなやりとりで、「編集」という方法は、どんどん進化していきます。学衆と師範・師範代、学匠とスタッフの全員で編集学校という場を育てているのだから、運営方法もぐんぐん深化していくのです。「ここの説明が足りなかったみたいね」「ここは、もっとやわらかな表現の方がよかったのでは」。各教室の情況を眺めつつ、発送間際まで改定が続きます。
  いよいよ発送当日。普段来客の絶えない編集工学研究所のサロン【PIRE】も、この日ばかりは作業場と化します。教材を揃え、個別の『ID・パスワードのお知らせ』と宛名シールを照合しつつ封入する、大掛かりな流れ作業です。
 今回は、特別に、もうひとつ送るものがありました。「GET JET EDITキャンペーン」のプレゼント『松岡正剛の編集世界読本』です。編集メッセージ入りの栞をはさんだこのフォーチュン・ブックは、期間中に申し込まれた方全員へのプレゼント。お楽しみの抽選プレゼントの発送は、開講後になります。『代表的日本人』『XYZ日本史』のビデオ、『情報の歴史』、『千夜千冊記念目録』、松岡校長の書「守・破・離」が入ったTシャツ。どの人に当たるかしらと、作業の合間もスタッフの話が弾みました。

 「編集」という方法を、たくさんの人と共にしたいから、受講申込は開講直前まで受け付けます。
 お申し込みは、こちらから。
http://es.isis.ne.jp/13_procedure.html

「舟が出るぞ〜」の声が聞こえ始めました。秋の渓流のめくるめく舟遊びに、どうぞ、お乗り遅れのないように。

(編集工学研究所CORE 堀江 久子 )

2006年09月19日[セイゴオローグ]
ふるき心のさざめき『日本の歌謡を聞く』
連志連衆會「椿座」第2回

  松岡正剛が日本文化の方法を語るサロン「椿座」の第2回が、9月7日、新宿パークタワーホテル地下1階の「由庵」で開催された。連志連衆會理事の北山ひとみ氏が経営する旬采料理のこの店は、モダンとエスニック、アジアと日本が溶け合って、洒脱でいながら懐かしい空気を湛えている(杉本貴志氏デザイン)。入口正面の大きな瓶に活けられたのは、ススキとドウダンツツジ。白アジサイのしつらいが瑞々しかった資生堂ワードでの第1回を思い出し、季節のうつろいが実感される。
 今回のテーマは「日本の歌謡を聞く」。松岡が用意した秘蔵のテープが、解説とともに流されるという趣向だ。座頭(ざがしら)福原義春さんの挨拶のあと、冒頭から、時ならぬ笙ひちりきの音が鳴り渡った。
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■暮しをうつす 間をうたう 〜 日本歌謡の特色
  松岡が邦楽に関心を寄せるきっかけとなったのは、民俗音楽研究家 小泉文夫氏との出会いだった(千夜千冊#601夜『日本の音』参照)。 多くはなかった対話を通じて、日本歌謡のもつ4つの特色が浮上してきたのだという。

●日本の歌謡は、古来よりすべてポップスである。
  後白河法皇が狂った【今様】が遊女の技芸だったのは有名だが(千夜千冊#1154夜『梁塵秘抄』参照)、大衆から程遠く思われる【雅楽】さえ、元をただせば鄙歌だという史実に驚かされる。次々と生まれる流行歌に大衆が熱中する現代と、事情はあまり変わらないようだ。
●日本の歌謡は、「声の音楽」である。
  漢字が渡来するまで文字のなかった日本では、口語だけが言葉だった。歌は音楽であるとともに、情報の伝達となり、物語の伝承ともなる。文字が普及した後も長らく、楽器はあしらいにすぎなかった。
●日本の歌謡は、「間拍子」で成る。
  ワルツやジャズなど、拍子のテンポが一定である西洋音楽に対し、日本の歌謡は拍子の「間」が自在に変化する。かつて子供たちが遊んだ鞠つきや羽根つきは、とん・とんと、ひとつ撞くと次の撞きまでにそれぞれ異なる「間」があった。日本の「間」は「拍子」を切り離す空白ではなく、次の拍子に至るまでの時空間の変化だ。「間」と「拍子」が表裏となる「間拍子」なのだ。糸鞠がポンポン弾むゴムボールに変わってしまった現代、手毬唄が生まれることは、もうないだろう。
●日本の歌謡は、暮らしから音をとる。
 「間」の自在は、日本の歌謡が暮しから音を採っていることにも由来する。
「送りましょうか 送られましょか せめて峠の茶屋までも」(信濃追分)
「鴎の鳴く音に ふと眼を覚まし あれが蝦夷地の山かいな」(江差追分)
日本全国で唄われる【追分節】の発祥は信濃の馬子歌だが、有名な『江差追分』は舟歌である。中部の山と、北の海。何の関わりもないように思える場所だが、馬の歩む間拍子が舟を漕ぐそれと似通っているため、同じ労働の唄として波及したのだと思われる。

 「では、この特色を、実際の歌謡で聴いてみましょうか」。朱のTシャツに黒い羽織を重ねた松岡が言う。聴衆は一斉に居住まいを正し、耳をそばだてた。

 

■宮処(みやこ)と鄙の競演 〜 御神楽とユーカラ
  最初の曲は『平調音取(ひょうじょうのねとり)』。今も雅楽の最初に演奏され、調音の目的を持つことから、こう名づけられた。音の固定した笙から始まり、ひちりき、龍笛が後から追うように加わり、琵琶と箏のかけ合いとなって、箏の音で終る。中国から渡来した楽奏は、当初「唐楽」「高麗楽(こまがく)」と呼ばれた。
  これが日本の【雅楽】となったのは、一条天皇の御世だと言われる。宮中には「人長(にんちょう)」と呼ばれる楽長が置かれ、天照大神を祀る賢所で、祭祀の折に演奏された。日本で作られた最初の【雅楽】が『越天楽』だと伝えられる。聴いてみれば、結婚式などでよく耳にする曲だ。『黒田節』のメロディーにも用いられていると聞いて、親しみやすさに納得した。即位の礼などにも、歌謡は欠かせなくなっていく。天皇にまみえる諸豪族は、それぞれの風俗(くにぶり)を表す歌舞を披露した。
  【催馬楽】は、こうした風俗歌が宮中の大歌に採り入れられたもので、この頃生まれた「呂」「律」という二つの旋律が用いられている。ちなみに「呂律が回らない」という諺は、ここから生じているのだそうだ。
「更衣せむや しゃ公達 わが衣は 野原篠原 萩の花摺りや しゃ公達や (衣更えしましょう、皆様。私の衣は、野原篠原に咲く萩の花で染めたのですよ、皆様)」
風俗歌に対する帝の答礼だったという『更衣』は、ゆっくりした歌の間に、パシーン、パシーンと、小気味よい律の拍子が入る。
  次は【神楽】。宮中における大切な歌舞曲。鄙で舞われる【里神楽】に対し、宮中で舞われるものを【御神楽(みかぐら)】と呼ぶ。天照大神を天の岩戸から引き出すためアメノウズメが舞ったのが起源とされ、その子孫の猿女君(さるめのきみ)が代々宮中に仕えて、鎮魂の儀の際に楽奏した。この日聴いた『庭火』の題名は、日本の聖なる三つの庭「神庭・斎庭・市庭」のうち、神庭で舞われたことに由来する。ゆったりと伸ばされる声。同じように長く伸ばしても、日本の歌声は、西洋のそれのようにビブラートしない。「たとえば、<松岡>を長く歌うと、西洋は<ま〜つ〜お〜か〜>と震えるでしょ? ところが日本だと」と、松岡は、手にした扇子で拍子をとりながら唄ってみせた。「まぁーあーあーつぅーうーうーおーおーおーかぁーあーあー」。伸ばした音を母音に変えて、幾度も揺り返す。朗々たる声に、歓声と拍手が湧いた。「産字(うみじ)」という日本独自の唱法だという。
  宮中と同様に、鄙の歌謡も各地で独自の発達を遂げていった。アイヌのコタンの族長の家では、神聖な炉辺に神を招いて【ユーカラ】が歌われる。神話を語る「カムイユーカラ」と、英雄の活躍を謳う「人のユーカラ」の2種に分かれ、哀しいことに、「人のユーカラ」は後にシサム(日本人)との闘いを唄うものが多くなった。シャーマンを務める老婆が炉縁を叩きながら唄い、男達が掛け声をはさむ。徐々に早まるテンポに、勇壮な雰囲気が膚に迫ってくる。「椿座」の面々は、全員が初めて聴く【ユーカラ】の力に圧倒されていた。
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■仏を讃える 神をよぶ 〜 声名とオラショ
  宮処と鄙の別なく歌謡が発達したのが寺院である。インドから渡来した仏教の経典は、もともとサンスクリット語で書かれている。これを原語のまま、単語のまま読むのをマントラ、綴り合わせたのをタントラ、さらに文章化されたものをスートラと呼ぶ。
  【声明(しょうみょう)】は、このスートラを音楽化したもので、【唄(ばい)】ともいう。花を撒いて仏を供養する『散華(さんげ)』などの儀式に用いられる。長く引く先導の声に複数の僧の声が和し、荘厳に響きわたる。マントラにあたるのは【咒(しゅ)】。早いテンポで同じ言葉を幾度も繰り返す。聴いていると、酩酊状態に陥っていくような気がする。
  松岡は、一方で、野に伝承された宗教歌謡も聴かせてくれた。五島列島に今も伝わる【オラショ】は、隠れキリシタンが弾圧の目を逃れて唄い伝えた祈祷だ。土蔵や洞窟で声を忍ばせて唱えられたためか、強い方言と相俟ったせいか、言葉はほとんど聞き取れない。明治の宗教解放後、来日した宣教師たちを「本来のキリスト教とは異なるものに育っている」と驚嘆落胆させたというが、その唱和は敬虔で哀切な熱情に満ちている。
  招霊歌の代表的なものは、東北地方のイタコが唄う【口寄せ】である。恐山のそれと並んで知られるのが、遠野に伝わる『オシラさま』。桑の木で作り白粉を塗って赤い着物を着せたご神体に、神を降ろして吉凶を占う。
「まゐりきて この門を見申せや 檜さわらで白金の門」 
門から玄関へ、座敷から床へと、イタコはひとつひとつの場所を誉めながら、神を内へと導いていく。


■語りものと唄いもの〜 義太夫節と地唄
  中国から渡来した漢字を万葉仮名など独自のノーテーションで補い、そこに節をつけたのが日本歌謡だが、それを耳だけで聴き伝えたのが盲僧たちだった。もともと文字から発達したのではない日本の歌を、最も純粋なかたちで伝承するのが盲僧だと、松岡は言う。
  室町時代以後、検校・別当・匂当・座頭と位階を定めて公から保護された盲人たちは、鍼灸や音曲で身を立てる。生業の中で大半を占めるものが琵琶語りであり、主要な曲目は、平家の興亡を語る【平曲】だった。『那須与一』は、いったん下ろした撥(ばち)で弦を掬い上げるように弾く「もろ撥」の奏法で、波の音や弓弦の音を巧みに表現している。
  当時、歌い手に必須とされた声は3種ある。ひとつは、横に広がりをもつ「横(おう)の声」。次は、明朗で荘重な「祝言の声」。もうひとつは、折り返すように絞って寂寥の響きを出す「望憶の声」。【平曲】を語るに最もふさわしいとされた「望憶の声」が、のちに能の【謡】に繋がった。世阿弥によって完成された能は、どの演目でも死者が重要な役割を占める。まさに「望憶の声」でしか成り立たない幽玄の芸術だった。
  官位を持てない盲人たちは、【説経節】を広める。神社や寺の境内に筵を敷いて大きな傘を立て、ささらをかき鳴らして唄う哀れな物語は、中世の終わり頃から庶民にもてはやされた。森鴎外の名作は、【説経節】の『さんせう大夫』に取材している。口説くような泣き崩れるような唄いぶりは、やや耳にくどい。
  永禄年間に琉球から堺へ伝わった三味線は、一大変革をもたらした。琵琶より手軽で音階の変化に富み、瞽女(ごぜ)や門付(かどづけ)の手にも渡って全国へ普及していく。そうした三味線の演奏と歌を合わせたものを【三味線組歌】という。なかでも検校が作った曲は【本手組み】と呼ばれ、後の【地唄】の源流となる。初期の奏法は、琵琶と同じ「もろ撥」を用いる【本手組み】ばかりだったが、関ヶ原合戦以降は、さまざまな音階・調子で「本手」を破る「破手」な【曲節(くせぶし)】が流行った。この「破手」から「派手」という言葉が生まれたらしい。
  元禄時代、衣食住の安定を得て、人々の心は娯楽へ向かう。【三味線組歌】を劇場型に演出した【浄瑠璃】は、身分を越えて四民を熱狂させた。わけても、武家好みの薩摩琵琶や吟を採りいれ、軍記を語ることの多かった【義太夫節】は、下克上の機会を無くした武士たちにとって、絶好の憂さ晴らしとなる。【浄瑠璃】といえば「義太夫」、それ以前のものは「古浄瑠璃」と呼び変えられるほど、愛好された。この【浄瑠璃】に大道芸の傀儡を合わせたのが「人形浄瑠璃」、のちに言う「文楽」だ。近松門左衛門の世話物『心中天網島』は、太棹の三味線の撥音や板を叩く柝(たく)の音を巧みに用い、人物の身の震えや足のもつれを表現する。見てもいない舞台の、切羽詰った情況が伝わってくる。
  人形浄瑠璃の演目は、やがて歌舞伎でも演じられるようになった。大阪で生まれた【義太夫節】が、京都の歌舞伎に合うよう編集されて、都太夫一中の【一中節】となる。三味線は中棹を用い、上品で叙情的な曲相を特色とした。派手な山を作らず、見せ場では謡調に変わるため、「色(素のままという意味)ではこべる謡いがかり」と称される。京の四条川原で名優坂田藤十郎が舞い、上方歌舞伎の元となった。
   【一中節】から生まれた【豊後節】は、より官能的で扇情的な曲調をもつ。上方から江戸へ進出して庶民の人気をさらったが、心中を流行らせたとして町奉行から上演を禁止された。創始者 宮古路豊後掾の高弟 常磐津文字太夫が、【豊後節】の題材や表現を和らげて創り出したのが【常磐津節】だった。『蜘蛛絲梓弦(くものいとあづさのゆみはり)』は、浄瑠璃をやれと迫る武士・渋る座頭のやりとり、根負けして始める浄瑠璃を、ひとりで声色を変えて語り、かつ唄う。台詞と歌謡を演じ分けるこの曲が、「語りもの」と「唄いもの」の分岐点となった。台詞は役者の受け持ちとなり、唄は叙景・伴奏へと役割を変える。
  三味線も歌い手も複数となり、曲調もより複雑に洗練されて、【長唄】が誕生した。『京鹿子娘道成寺』は、三さがりの三味線に、【謡】や【平曲】、伊勢で唄われる【間の山節(あいのやまぶし)】が織り込まれ、【長唄】の編集的な特色を濃く染め出している。同じく歌舞伎の伴奏曲として発達した【清元】は、【豊後節】の艶っぽさと【長唄】の節回しを兼ね合わせ、軽妙洒脱な味わいを加えて、江戸で広く愛好された。
「そこらで ちょっくらちょっと 聞いてもくんねえ」
べらんめえを採りいれた『傀儡師』は、なんとも軽やかで粋な味わいがあった。
  「破手」がさまざまな流派を生み盛衰していく一方、【本手組み】の系統を守り続けて生まれたのが【地唄】だ。伴奏に用いられるのは、中棹の三味線と筝、胡弓。「三弦」という言葉は、現代では【三味線組歌】すべてに使われるが、本来は【地唄】のみにあてはまる。この夜の最後の曲は、人間国宝 富山清琴氏が唄う『雪』。
「花も雪も はらへば清き袂かな ほんに昔の昔のことよ」
思いを閉じ込めるような低い唄い出しが、耐えかねたように高く切なく上る。歌の間に「雪の手」と呼ばれる有名な三味線の独奏が入り、静謐な哀しみが聴く者の心にも降り積んでいく。


  ときにはみずから「産字」を実演する松岡の熱のこもった講義は、惜しくも途中で時間切れとなった。
  食事は、自家製豆腐や塩・味噌、有機野菜を用いた由庵自慢の品々。茄子とシイタケの握り寿司、籠一杯の野菜の素揚げ、豆乳のデザート。素材を大切に活かし、日本の歌謡にも似た素朴な滋味にあふれている。味わううちに「やっぱり、最後まで聞きたいですよね」の声と拍手が高まって、第3回椿座のテーマは、「日本の歌謡を聞く その2」に決まりそうである。
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(編集工学研究所CORE 堀江 久子 )

2006年09月17日[なるほど用語集]
ISIS編集学校*なるほど用語集
〜その6「校長校話」

 ISIS編集学校オリジナル用語解説、第六弾です。松岡校長が自ら学衆に語りかける「校長校話」についてご紹介します。

「校長校話」:当期[守][破]の学衆に向けて2回ずつ、松岡校長が贈る直指南です。「用語集その4」でご紹介した[破]の「アリスとテレス賞」と同様に、[守]にも全教室参加のコンクール「番選ボードレール」が2回あります。その選評結果を踏まえた上で、エントリー作品全てに目を通し、校長ならではの視点と言葉で、次への方向を指し示すのです。「○○、この言い換えは君らしい。上々だ」「■■、本当に書きたかった事は、それではないんじゃないの?」。思わぬ言葉をもらって学衆たちは弾み、うろたえ、かつ考え込みますが、それ以上に、一喜一憂するのが師範代たち。「この人の一番いいところが過たず出せた。よかった」「あのとき自分が与えたのは、<指南>ではなく<指示>だったのじゃないかしら」。その充足や懊悩を、さらに包んで、師範たちが見守り、支えます。
 幾重にも層を成すISIS編集学校の学び。新たな「校長校話」がUPされる度、照らし出された「編集」という途を皆で見はるかすのです。

(編集工学研究所CORE 堀江 久子 )

2006年09月14日[なるほど用語集]
ISIS編集学校*なるほど用語集
〜その5「選評委員」

 ISIS編集学校オリジナル用語解説、第5弾です。「アリスとテレス賞」の講評を行う「選評委員」についてご紹介します。

「選評委員」」:[破]の教務全般を司る木村学匠(学匠についてのご紹介は後日)をヘッドに、当期[破]を担当する師範達、大川頭取とスタッフの堀江で構成されます。もう一人忘れてはならないのが小池翰林師範。『千夜千冊』一冊毎に添えて『千夜千歌』を詠い、歌人小池純代(こいけ・すみよ)としても名を馳せる編集学校指導陣の最高峰です。
 作品は、全てプリントアウトされて、委員に配布されます。エントリーの締切から選評会までは1週間。みっちり読みこまねばならない量の多さには、正直なところ「うっっ」となります。その反面、学衆さんがたゆまず繰り返した回答を、師範代達が自分の身を削ぎ取るばかりに研ぎ上げた作品、抱きかかえるように受け取ったそれの、ひとつでも見誤ってはならぬと血眼にもなるのです。
 選評会は延々8時間に及びます。文章に関しては一歩も引かない表現者たちだから、大賞の選定は白熱します。それでも方法を重んじる編集者達だから、最後には意見の一致を見ます。選定の後に待っているのは講評の執筆。最後の磨きをかけようと心を絞り、作品と同じほど推敲を繰り返した数行が、校長の眼にはどう映るか。選評委員達への評は「校長校話」で下されます。
(編集工学研究所CORE 堀江 久子 )

2006年09月12日[ようやく千夜千冊]
【潜んだ日本5】新たな同朋衆よ、参集せよ!
ようやく千夜千冊-vajra's book tour-
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室町時代の経済文化

 千夜千冊の四百五十五夜、谷口克弘『信長の親衛隊』を読み終わったとき、同朋衆という組織名が印象に残った。文中の「同朋衆」の一語は赤字のキーワードで、このキーワードを含むタイトルの書籍が千夜千冊の1冊として挙げられていることを示している。カーソルを合わせみると活性化するのでクリックすると、第五百四十二夜の村井康彦『武家文化と同朋衆』にワープした。

  「同朋」(どうぼう)という言葉にはさまざまな位相がある。一般的には同じ志をもって目的を遂げようとする仲間のことだ。「朋」は『論語』に「有朋自遠方来、不亦楽乎」の一文があって、日本でも膾炙されていた。これを、「ともあり、えんぽうよりきたる、またたのしからずや」と読み下したので、「友人」、「親友」のようだが、後漢末の訓詁学者、鄭玄(じょうげん)の註では「師を同じくし、志を同じくする」とあり、「朋」は同じ師に就いて、教えられた知識を基礎に現実を動かすネットワークであり、同朋は同門生ということになる。
 例えば、香港返還後、副主席だった胡錦濤がその繁栄を「董建華行政長官をはじめとする特区政府が600万人あまりの香港同朋を指導し、心を合わせて協力し、努力奮闘した結果による」と称え、?小平の「一国二制度」の構想の正しさを強調した。?小平を師と仰ぐ同朋が挙げた勝利というわけだ。
 あるいは、「北への同朋意識が高まっている韓国が北朝鮮の凶悪犯罪を見逃し、国際社会からの批判から北朝鮮をかばい続けている」という朝鮮日報の記事を見ると、同朋は言語や意識状態を共有する民族の意味とも重なってきている。その朝鮮日報の芸能記事に、今、韓国で最も高い視聴率をほこるテレビ番組は高句麗の建国の祖、朱蒙の神話をドラマ化した、タイトルもそのままの「朱蒙」で、視聴率50%近くに達したと報じられている。日本の神武神話にも比せられる朱蒙神話が南北、中国東北地方の朝鮮民族自治区に分断された朝鮮民族の同朋意識を結んでいるともいえなくない。

 振り返って織田信長の組織の特色を見直すと、衆や番に振り当てられた信長の身近に仕える近臣に情報を流し、その情報の流路に生成する生きた組織を動かしたことにあったわけだが、その中に同朋衆がある。それは御側衆(おそばしゅう)と茶頭(さどう)からなると解析されている。御側衆は主君の私的な相談役、無聊をなぐさめる御伽役を引き受け、遊楽・面談・会合などのスケジュールを仕切り、その場の設営を任され、奥向の物資を調達する納戸役にも当たった。茶頭は千利休が担当するようなったが、信長の茶の湯が茶の湯御政道と呼ばれる密談の場であった。この同朋は機能主義的であり、限定的でもある。
 これを同朋衆と呼ぶのは、東アジアに意識されている同朋の規定を踏まえながら、次元を異にした発展を見せている。松岡正剛は「同朋衆がどういう連中のことかという話は、これまでほとんど集中して議論されてこなかった」としながら、一遍上人がネットワークした時衆を背景にして発生してきたこと、阿弥号をもっていること、室町幕府の職制にくみこまれていたこと、という3点を挙げている。ついでながら、「衆」は人材であり、「宗」は教義のことで、時衆は人のネットワークを強調した名称なのだ。

 日本で同朋という言葉が頻繁に現れるのは藤末鎌初のことで、源平の争乱が日本を焼亡の危機に陥れた最中、法然の浄土宗に参集した人びと、ことに親鸞は阿弥陀の本願を信じ、念仏する人びとを「御同朋」と呼んで、そのネットワークに浄土真宗を構築した。同朋とは念仏という信仰を持って心が一つになった同志を意味していた。今も浄土真宗では同朋運動が展開されている。これは親鸞の思想を学んで、現実を動かしていこうとすることにおいて、ほぼ同朋の本来の意味に近い。
 一遍の時衆においても同様であったが、ネットワークを利用して、多様なコンテンツを生み出す仕組みに変えていったところに特色があった。これを松岡正剛は「座の社会が用意されていた」からであるとし、村落社会のなかに生まれた宮座、信仰社会のなかに生まれた念仏結社や別所、武家社会のなかに生まれた会所の座に一座建立・一期一会の心が育まれ、会衆の身分や出身を無視する「一視同仁」というコミュニティ意識が育まれたとする。こうした動向の中から、いわゆる同朋衆は室町将軍家の会所運営から登場し、座敷や床の間や書院や石庭の発生、茶の湯と立花と能の確立と軌を一にしたわけだ。

 そこにはさまざまな造営のマスタープログラムが構築され、そこに相応しいかどうかを判断する「目利き」が生まれ、多様なディレクターやデザイナー、アーティストが出現した。これが現代につながる日本文化を生み出す編集エンジンとなってきた。この同朋論はなにも室町時代に同朋衆の発生を見るばかりではなく、日本文化を考えるには、いつの時代にも「同朋文化」を考えるべきだというラディカルな発想で結ばれている。
 これは静的な教義や信仰、思想などによって現実を組み立てようとする同朋論ではなく、文化そのものを編集し続けるネットワーク・システムそのものとしての動的な「同朋」であった。その根底に「座」があり、その復活こそが日本復活の基盤となるなら、現代のネットワークにどのように座を織り込むかが「日本という方法」の要諦となる。松岡正剛校長の編集学校、第15期「守」の開講が間近い。このネット上の学校も一種の座の様相を呈し、卒門生は同門祭に結集する現代の阿弥ネットワークともなりつつある。編集学校に学んで、現実に文化を起こしていく。これが編集学校校長、松岡正剛の夢でもある。新たな同朋衆よ、参集せよ!

編集工学研究所GEAR   高橋秀元 研究員

2006年09月11日[Edit School News]
とことん夢中のその先に。7.19感門之盟レポート
〜その3 指南の型を学ぶ〔ISIS花伝所〕の5週間

 師範代養成機関として、指南編集メソッドを5週間かけて演習する花伝所が開設されて2年目。第四回は4月9日〜5月22日に行われ、17名全員が見事修了、師範代認定を取得しました。
 感門之盟レポートその3では、第4回花伝所「くれない4道場」「むらさき4道場」「やまぶき4道場」の各師範からのメッセージをお届けします。いよいよ師範代となる放伝者への餞とともに、会場に集まった学衆のみなさんへ、花伝所システムの不思議や「エディトリアルコーチングメソッド」を学ぶ魅力を熱く語っていただきました。
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■古野伸治花伝師範
 「なぜ、たった5週間で学衆が師範代に化けるのか。いまだに私にもわかりません。でも特に入伝式では、始まった時と終わった時では全員顔が変わります。そして演習を続けるうちに、最初はぜんぜん書けなかった指南が、みんなちゃんと書けるようになる。不思議です。私達は花伝所で説明できることはなんでもしますが、でも入ってみないとわからないこともあります。花伝所のしくみは恐ろしいくらいすごいもの。ぜひ来てください。待っています」。

■野嶋真帆花伝師範
「そう、みなさん本当に化けるんです。最初は迷いながら入ってきたと言っていた入伝者のみなさんが、最後には師範代になれるかどうかはわからないけどやってよかったと言われます。さきほど校長が「型があるから用法が動くんだよ」と言われましたが、守や破の師範代をやったみなさんも、師範代というロールがあるから指南をやれたとおっしゃっていました。お題という編集装置に託して情報が動き、各学衆の編集力が引き出される。師範代とは、学衆さんの数だけ、多様にリアルに“場”を編集していくためのロールだと思っています」。

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●●第一回から指導を担当する古野師範は、道場モードに着がえて登壇。第二回からの野嶋師範も大阪から駆けつけてくれた。

■高柳康代花伝師範
「インプットしたことをアウトプットしたい、もらったものを次に渡したい、と思うのが人間だと思います。渡せる“次の人”がいるのは、その人の素晴らしさ。伝えたい相手は具体的でないにしても、渡すための方法を学ぶことは、人としてとても大切なことだと思います。その方法を花伝所へ、ぜひ学びに来てください」。

■小清水錬成師範
「冒頭に松岡校長から“人生の旬”というお話がありましたが、私も熟してきまして、みなさんみたいに素敵なお洋服が着れなくなってきました。だから夏は着物と決めています。着物って何でも帯に押し込むことができるんですね。同じように“押し込み”なのが花伝所です(笑)。放伝なさったみなさんも、師範代になられたらどうぞ着崩れないよう。師範代をやることに何も本当の自分である必要はありません。やるからには、ぜひ演じきっていただきたいと思います」。

■西川あづみ錬成師範
「編集学校で“型”を学んだみなさんが、今度は指南の型を学ぶ場所が花伝所だと思います。また歌舞伎の話になってしまうのですが、歌右衛門さんの一周忌に、私の好きな勘九郎さんが、「歌右衛門さんの言葉で一番心に残っているのは、『型を覚えなさい。型を覚えないと型破りというのはないんだから』」と言っていたのを思い出します。指南の型を学ぶこと、師範代になって型を破っていくこと、その入り口が花伝所だと思います」。

■富澤陽一郎花伝特別師範
「普段は〔守〕の学匠というロールなのですが、今回花伝所に足を踏み入れて、守学匠だからこその気付をぜひ伝えたいと思いました。みなさん〔守〕を卒門して〔破〕を突破して、そして〔花伝所〕に入伝されるわけですが、今回師範として係わってみると、かつての卒門者がなんだか〔守〕に戻ってきてくれたような気がして嬉しくてしょうがなかったです。花伝所にて師範代を目指すみなさんへは、自分ができうることを精一杯伝えたいと思っています。ぜひ入門してください。お待ちしています」。

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●●「高柳師範、小清水師範、そして西川あづみ師範、3人ともよくお着物を着られます。着物というのも編集学校の“らしさ”ですね」。(司会の森美樹さんのコメント)
●●今回、2回目の担当となった高柳師範には先達文庫『ルナティックス』、初めて師範を担当していただいた小清水師範、西川あづみ師範、富澤師範、北原師範(当日欠席)には、“花伝扇”が贈られました。

■佐々木千佳花伝所所長
「ISIS花伝所は「師範代基礎編」。ネット上で人を育てる、編集術を伝える、そこに学びを起こしていく、人と人との間を創発的な状態にもっていくことを学ぶ場所です。もう一つ、守破で学んだ編集術を使いこなす場面を用意して、師範代がやりたいことがやれる場所を作っていくのも花伝所。みなさんのチャレンジをお待ちしています」。

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●花伝所では、言葉で伝える、気付かせる方法を教えます。

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●冒頭、花伝所のしくみや演習カリキュラム「花伝式目」についてミニ解説が行われた。

 感門之盟後の7月29日には第5回の入伝式がひらかれ、この夏の花伝所の熱い5週間の演習もいまが終盤。9月16,17日の師範代試験後には、来春の16守に向け、あらたに師範代が誕生します。編集指南の道場で受け継がれ進化する指南術。次回の花伝所の開講は12月2日です。


(編集工学研究所  田中晶子)

2006年09月10日[なるほど用語集]
ISIS編集学校*なるほど用語集
〜その4「編集稽古(へんしゅうげいこ)」

 ISIS編集学校オリジナル用語解説、第四弾です。現在開催されている「全国ミメロギア投稿コンテスト」(9月11日迄!)にちなんで、だれもが夢中になれるエディトリアル・エクササイズ、「編集稽古」をご紹介します。

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「知の編集術」でも登場。編集稽古は、クセになる。

「編集稽古」:ISIS編集学校で編集術を学ぶためのプログラムの名称。1題ずつ「お題」が出され、これに答えると、師範代から「指南」が返る。このシンプルなスタイルは、古来「番稽古」と言われた学習方式に倣っている。


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定番の「ポストイット編集術」

松岡正剛が編集工学を創始するまでに行なわれた多数の編集ワークショップをもとに、今では200以上の編集稽古が集大成されている。
ISIS編集学校では、その中からネット上で実施しやすいものを中心に、かつ段階的・体系的に編集術が身につけられるように選んである。

それぞれ1題5分〜40分程度でできるものが中心で、週に2〜3題が出題される。
言葉はもちろん、会話、イメージ、企画、物語、料理、スポーツ、人生も、編集稽古の対象になる。

「ふだん使っていない脳を使っている感じ」「自分の発想のクセに気づかされる」といった声のほか、「師範代から指南がくるとワクワクする」「ある稽古をしていたら急に、困っていた案件をスッキリさせる糸口が見えて来た」などビンビンした効能も聞かれる。

↓編集稽古を体験した方の感想がご覧いただけます。
http://es.isis.ne.jp/10_recommend_voice.html

編集稽古「ミメロギア」が体験できる「全国ミメロギア投稿コンテスト」の投稿受付は、9月11日(月)まで。 参加は無料。ぜひ一度、おケイコの味、お試しを。

(編集工学研究所CORE 佐々木千佳 )

2006年09月08日[なるほど用語集]
ISIS編集学校*なるほど用語集
〜その3「アリスとテレス賞」1

 ISIS編集学校オリジナル用語解説、第3弾です。応用編[破]で2度開催されるコンクール「アリスとテレス賞」の第1回目「セイゴオ知文術」をご紹介します。

「アリスとテレス賞」:文章のモード(様式)で主題を表すことに優れた「アリス賞」、知の情報を豊かに含んだ「テレス賞」、両方を兼ね備えた「アリスとテレス賞」の3部門で大賞が選ばれます。
 1回目は「セイゴオ知文術」。800字で1冊の本を紹介するこの稽古は、松岡校長が6年余をかけて完結した『千夜千冊』の技法を余すことなく伝授してくれます。あらすじを記すだけでは駄目。感想を述べるだけでも駄目。その本に書かれた事だけにこだわっていては、かえって思いは伝わらない。さまざまな情報を引き寄せ組み合わせて、託された著者の心情と、手に取った筆者の情動を浮き彫りにしていくのが醍醐味です。
 小説、随筆、詩集、絵本、漫画。『千夜千冊』と同じくジャンルは問いません。大切なのは、その1冊を選んだ動機をおろそかにしないこと。その1冊を好きな気持をなおざりに扱わないこと。受賞よりも表現を求めて、幾夜も徹した14期「セイゴオ知文術」のエントリーは8月26日に締め切られました。作品は41点。あとは選評を待つばかりです。

(編集工学研究所CORE 堀江 久子 )

2006年09月07日[Edit School News]
とことん夢中のその先に。7.19感門之盟レポート
〜その2 痛快・突破!〔破〕の16週間

第14回「感門之盟」(かんもんのめい)レポートの第二弾。
 [守]入門篇のステップアップコースにあたる[破]応用篇の感門シーンを「言葉のスナップ」でお届けします。 (敬称略)

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●[破]学匠:木村久美子
たった4ヶ月。でも[守]から[破]へ、師範代も学衆も大きく変化します。
愛さずにはいられない、キャラのたった師範代たちが揃った13破でした。
師範のまなざしの温かさも感門表でひしと感じていただけるでしょう。

ふたこぶ外道教室/師範代 大音美弥子
慈愛に満ちた、気風漲る指南は、外道衆を惹きつけ続けていましたね。誰しもが手を抜くことなくひたむきに稽古に向かう姿は、大音師範代の写し絵でした。どうもありがとう。ふたこぶ外道は、今日もぶらりと進んでいくね。
------師範 古野伸治
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●大音師範代「母は息子に裏切られるもの。これからは母を捨てて、色気に走るぞ!と!。最後まで外道っぷりを発揮できなかったので、決意も新たに、もっと外道に走りたいなと」。
●松岡校長「平安の恋多き時代に二人の女性が、恋、夢、得がたきものを得るために走る物語『山河寂寥』(杉本苑子)を贈る。恋は、山や川にも例えられるもの。その寂寥の中で自らを燃やし続けること」。

1682ターン教室/師範代 丹澤誠
論より証拠の幽玄実行.手をかえ撓をかえの方法のトライアルが一杯でした。
膨大なるテキストの海を作り出しました。そのひとしずく一雫が怒濤のそよ風でした。
-------------師範 古野伸治
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●丹澤師範代「今和次郎さんに倣って<全部見る>ということを心がけていた。ここで起こっている物語を見逃すことは、もったいない。<総がかり>というコンセプトは、これからの自分にもだし、皆さんにも忘れて欲しくない」。
●松岡校長「ところで、自分のなかの少年性・少女性をどう使い分けている?」
●丹澤師範代「少しでも関わったら、そこから数寄に入る。少年性・少女性をフル稼働しないと、好きになれない」。
●松岡校長「そう、溝口映画「雨月物語」で衣装も担当した画家・甲斐庄楠音が、きわどく数寄を追求した。そういう怪しさがないと、ね」。

●古野師範「これだけ関わってきても、なおISIS編集学校には、まだ説明できないことが起こる。
そこにこそ、興味や得がたさを感じる。アニー・ディラードが、“説明できないことをこそ、書け”といったように」。


マッハのんりに教室/師範代 迫村勝
生業が化学者ということもありますが、その視線は構造的かつ発見的、ミクロとマクロ、内と外を自在に越境することができる、なかなかの実力派でもあります。
-------------師範 林雅之
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●迫村師範代「素晴らしいチャンスをいただいたことに感謝したい。学衆さんが引き出してくれている感じ、綱引きし合うような感じが、すごく気持ちよかった」。
●松岡校長「姉的だったそうだが、兄妹、姉妹などの関係の逆転が起こることを柳田国男が日本のひとつの文化と言っている。師範代になると、出さざるを得ない自分が出てくるね」。
●迫村師範代「編集を伝えよう、編集的であろうとするほど、そうなった。むしろ<無私>に近い感覚ではないか」。


エントロとんび教室/師範代 松尾順
一等忘れられないのは、松尾師範代の『弱さからの出発』です。自分の弱点を素直に認め、それを克服していこうとされた師範代としての学びの姿勢には、素直に感服いたしました。
-------------師範 林雅之
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●松尾師範代「あるデザイナーがあるとき思い立ってデザインの道に入ったが、できない、でも出来ないからこそ一生飽きずに続けられると言っていた。自分にとって編集もそのようなものかもしれない」。
●松岡校長「人間の弱さ。人々が傷つく、負を背負う。これが次の犯罪などにつながるのでは、しょうがないね。その受け止め方のヒントがここにはあるようだね。山口昌男『敗者の精神史』を贈ります」。

●松岡校長「そして林師範に考えて欲しいのは、国、あるいは編集の国。これを、リーディングする、かつぐ、ころがす。そんなことにもぜひ目覚めて欲しい」。


蟻のトポロジー教室/師範代 今井歴矢
どんどん行きましょう〜!白々明けの空に、元気いっぱいの声が響き渡ります。ランナーと一緒に走ってくれるコーチの存在ほど頼りになるものはありません。
-------------師範 先田新一
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●今井師範代「この学校でのキャリアは長いが、急遽ひさびさの師範代を担うことになり、実は怖かった。追い抜かれる。自分の価値、意味とは何か。結果、自分にないものを真摯に相手から発見できるようになったことがよかった」。
●松岡校長「千夜千冊とともに、ISIS編集の国の片隅に生まれた編集学校。 ISIS=Inter System of Inter Scores、これは、お互いのスコアが交換される。お互いのシステムがInterする。間システム性、間記譜性。再生の女神イシスでもある。このISISを、今井流にもっている感じがするね」。


瀬戸内ロンド教室/師範代 淘江貴子
砂に残る波のすじは、私の涙の跡かもしれない。風に砕ける波の音は私の泣き声かもしれない。乾いた砂浜に、一つ残った桜色の貝は、昨日言えなかった私の言葉かもしれない。…繰り返す波の音は、私の笑い声だ。仲間たちの歓声にとけこみ、世界に明るく満ちている。ああ、桜貝は、波につられて、いずことなく旅立った。私の言葉をのせて。
-------------師範 高柳康代
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●淘江師範代「編集学校に入って、私にも意欲というものがあったのか、と思った。挑戦するということをせずに来ていた。なんとかしなきゃ→方法を考える。その繰り返しだった。そうやって、なんだか、頑張れるものなんだ、と思った」。
●松岡校長「全員突破だね。自分の変化は意外だったかもしれないけれど、多様性、複雑性、変化の中で、自分以外のものと交わるだけ<自分が増える>んだね。与謝野晶子に『山が動く』という詩がある。淘江さんの中でも何かが動いたんでしょう。これまで何度も涙を見ましたが、よくここまで頑張ってくれました」。


不惑ナックル教室/師範代 成澤浩一
迷うことに恐れず、迷うことに怯まず、悩むことに躊躇わず、日々多岐にさまよい時々刻々と変化せよ。選ぶことから目を逸らさず、決めることから逃げず、下すことに力まず、時々刻々と歩を進めよ。変化とは勝利であり、それに向かって進むことが歓喜である。
-------------師範 高柳康代
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●成澤師範代「自分で師範代を名乗ったのは、いわば、先に投げた編集の契機。これを拾いながら進む中、子どもが生まれたり、クロニクルも揺れ動いた。人生、編集学校、仕事、プライベート。自分がなんだか分からなくなるような経験をした。不惑にして不足の発見だった」。
●松岡校長「生まれた子どもに真央(まお:空海の幼名)と名付けたね。ネーミング、名付けるというのはどういうことかはとても重要で、[離]でも扱っているテーマ。その名前ということと格闘した巨人、南方熊楠を贈ります」。

●高柳師範「編集学校で高柳の名で出す文章は、書くのが難しい。そのうしろに編集学校、松岡校長を背景において書く」。
●松岡校長「高柳さんには、旬を感じる。期の旬を体現してくれているようにも思う。<春蘭秋菊>というきれいな言葉を贈ります」。

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━━ ここで、指南を受けみごと突破された学衆の方より〈後輩達へのメッセージ〉です━━━


●長谷部さん「知文術でアリスとテレス賞1席をいただいた。全く書いたことのない文章が指南を得て書けた。守で学んだことが破で使えるか、そこで自分の力もわかった」。
●大武さん「自分に何が得られるか、編集学校の学びは、結果や成果だけでなく、経過の時間にこそお宝がある。その時間に自分をぴったり重ねることができれば、期待以上の成果が得られると信じている。99の不安があっても1の興味があれば、そこに戻ってくることができれば、突破できます」。
●森山さん「物語作品『友禅仕立て』でアリスとテレス賞大賞をいただいた。守の時、なんて素敵な言葉がたくさん得られるのかと感激した。守で言葉の出し方を学んで、破でそれを物語にどう組立てて行くか。物語は7段階で書いて行くが、こうすれば書けるのか!と感じた。子どもがつじつまのあったことを言うようになる課程に似ている気がした」。


[破]の稽古の、ダイナミックかつ隅々に届く速さ。指南の日々に錬成を重ねた、松岡校長と師範・師範代たちの交わし合いの深さ。短い時間の中で、その濃密な一瞬が迫ってくるようでした。


(ISIS編集学校 佐々木千佳)

2006年09月05日[Edit School News]
青山ブックセンターの本棚をジャック!
〜ISIS編集学校九州支所の「本棚企画」、9月17日から開催in福岡

 9月17日から福岡・天神にて「青山ブックセンター福岡店 千夜千冊本棚企画」が開催されます。仕掛け人は、ISIS編集学校・九州支所のメンバー。この春からはじめた企画準備は、いまが大詰めです。

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本棚企画準備中のメンバー。この夏も編集会議を頻繁に開いてきた。

 編集学校の学衆や師範、師範代から構成されている支所が、活動の一環として一般書店の本棚編集を行うのは、今回が初めて。しかも「千夜千冊」と「九州」が重なる初の本棚となります。どんなブックマップが展開するか楽しみですね。福岡・九州方面在住の方、またこの時期に福岡へ出向かれる方、ぜひ足を運んでみてください。
 実はこの活動、すでに出版業界専門の新聞『新文化』に掲載されていました。以下、ご紹介します。

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「千夜千冊」九州版フェア 9月からABC福岡店で

 松岡正剛氏が校長をつとめているISIS編集学校(主催・編集工学研究所)の九州支所の発足にあたり、同支所は9月17日から1ヶ月間、福岡・天神の青山ブックセンター(ABC)福岡店の棚をジャックする。今年10月上旬に発行される『松岡正剛 千夜千冊(全7巻+特別巻)』(求龍堂)にあわせてのもの。このなかから、九州に関わる書籍をピックアップし、同書店の3階にある壁面のフェア棚2本で展開する。
 同支所は9月23日、24日に発足会を開く予定。静岡セドリ組(静岡)、曼名伽組(名古屋)、奇内花伝組(大阪)、加賀篝火組(金沢)に続いて、5つ目の支所となる。
代表の中野さんは「いま、住んでいるところを再編集するのが使命ではないかと思った。この活動を通して(松岡)校長の種を植え、育てていきたい。それを通じて、“九州の文脈”を再編したい」と語っている。
『松岡正剛 千夜千冊』は、松岡氏が2000年からウェブ上で連載開始した書評を全面書き直ししたもの。紹介している書籍は追加も含めて、1444点にも及ぶ。全7巻のほかに、同書活用のためのガイドとなる特別巻も付いている。A5版・紙製クロス装カバー掛け、平均1300頁、本体9万5000円(分売不可)。
------「新文化」2006年7月27日4面より

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 この原稿を書いているうちに、青山ブックセンターウェブサイトにホットニュースが!

 2006年9月17日(日)〜2006年10月下旬
 只今、本族“九州”出張中。
 「松岡正剛・千夜千冊の九州展」

 
(編集工学研究所 広報)

2006年09月01日[Edit School News]
とことん夢中のその先に。7.19感門之盟レポート
〜〜その1 アッパレ卒門!〔守〕の16週間

 2006年7月16日土曜日。ISIS編集学校 第14回「感門之盟」(かんもんのめい)が開催されました。開校以来、期が終るたびにずっと、大切に続けています。
 集まった師範・師範代・学衆たちは、ネット上の教室で交わした稽古の余韻もさめやらず。でもリアルな対面は、卒業式にあたるこの日まで、大半が始めて。さらにこの日は校長・松岡正剛もナマで登場する。もう、ただのパーティーになるわけが、ありませぬ。

 ところは東京港区白金台にある、東京都庭園美術館の大ホール。
アールデコのシャンデリアのもと、スポットライトに照らされながら、150人の参加者を前に舞台に立つ師範代たち。またとない「感門」の授受・交歓。その熱い表情を「言葉のスナップ」でお届けします。 (敬称略)

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●司会:ISIS編集学校 師範 森 美樹
こんなに大きな会場で「感門之盟」ができるのは初めてですね。
みなさん、卒門、突破、退院、放伝、おめでとうございます。
やり遂げる人たちのドラマ。伝説。スターの誕生。ご一緒に楽しみましょう。

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●ISIS編集学校 頭取:大川雅生
「変化」が起こるのが編集学校のいいところ。
今日も師範・森美樹さんによる司会が実現しました。応援よろしく!

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●校長:松岡正剛
今日は、イッセイさんの奴凧みたいな衣裳です。初めて着てみました。
人生にはどこかに旬がある。そして、人生の旬は自分で選ぶ。
それをどう全うするかは、その人に与えられた宿命、希望、勇気。
その旬をなんとか突破することで新しいものが芽生えます。

私たちは時をかかえている。
時をまたぐ、時に挑む。時を超える。時を受け入れる。
時を感じるのが「感門之盟」。きょうはみんなで「時熟」を感じよう。
多いに気持ちを開いて楽しんで。感動、嗚咽、爆笑、大いに結構!


■師範から、師範代へ。校長から、師範へ。

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●[守]学匠:富沢陽一郎
14期を「卒門」されたみなさん、おめでとうございます。今期は、師範代がそれぞれに個性的。教室にもさまざまに方法が溢れていた。また、面白いクセやナイーブで繊細なところもあった。でも、小さくまとまらなかった。それぞれ思い切って16週間を築いた。彼らのもとで学んだみなさんのこれからも、楽しみです。


━━ さあ、師範による担当師範代へ〈感門表〉授与の始まり、です━━━

「代表的25時教室」/師範代 岡本嗣典
今日と明日の境界にゆらめく青い炎は、16週間、絶えることがなかった。
岡本師範代の指南の妙は[部分と全体を見極める視点][丁寧で手厚い]。
25時はいつまでも自由へ向かう時間であって欲しい。
-------------師範 中野由紀昌

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●岡本嗣典師範代「やりきれていない申し訳なさでいっぱい」
●松岡校長「もうひとこと、聞きたいね。」
●岡本師範代「本当の編集は、相手がいてやり取りの中で生まれてくると実感した」
●松岡校長「うん、この独特の関係に、呼び方をつけたいね。」


「文脈天狗教室」/師範代 森 敬典
「うーん、やられた。ひと皮むけた!」と、教室で学衆が指南に唸っていた。
「自惚れがひと皮むける編集稽古」という教室のモットーを、
これからもぜひ、大事に。
-------------師範 中野由紀昌

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●森 敬典師範代「感門之盟の朝、洗面所で指輪が流れてしまった。大事なものが去って行く。新しいものに出会って行く。これからも精進したい。」
●松岡校長「その辺でいいよ(と、愛情を持ってあしらいながら)。
 森クンへの〈先達文庫〉 は、僧侶の物語。この場面を、感じて欲しい。」

●松岡校長「中野師範は、ほんとうにだんだんきれいになるね。さて、師範代と師範の違いは?」
●中野師範「手取り足取りの師範代・全体と流れをみている師範。スターは師範代、師範は月。遠くから見守る。」
●松岡校長「では、中野師範にこれを贈ろうね。」と手渡した色紙には、まさに『玄月』!

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「Bプロ総研教室」/師範代 高橋邦明
松岡校長が命名したこの奇妙な教室名を聞いた瞬間の困った顔!
しかし、自らの揺らぎを乗り越え、高橋師範代は闘魂指南に向かった。
6名の編集戦士の旅が、この愛すべき偉大な「虎の穴」から始まったことを祝します。
-------------師範 森美樹

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●高橋邦明師範代「前田明が、『選ばれし者の恍惚と不安、ふたつあり』と語ったが、いま自分もうれしさとこわさを感じている。」
●松岡校長「柔らかい指南だったね。編集学校のようなものを、これからどう世の中に出して行くといいか、顔役になってほしい。」


「十五夜はねる教室」/師範代 田中さつき
稽古の合い言葉は、ひとはね、ふたはね、みはね。
勧学会の明かりが灯ると、月を肴に編集に酔える居心地のよいバーのよう。
こんな素敵な学び舎があったことを、忘れない。
-------------師範 森美樹

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●田中さつき師範代「花伝所でもハナっから帰りたかった。でも無理だと思うと行っちゃう。新月の気分。あとは一途に進む。」
●松岡校長「さつきさんには少女の頃からの輝きが何度もおとづれている気がする。次々と、チャレンジを。」


「森羅一族教室」/師範代 高橋ゆか
産地直送、一族から、届くほっかほかの回答。
仔細を読み解く格別の指南はさらに温かく。
教室には、道産子の情熱が滲出していました。
-------------師範 平山智史

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●高橋ゆか師範代「私が考えもつかなかった回答がたくさん。一番お稽古したのは私でした。」
●松岡校長「高橋さんに期待したいこと。朝、昼、夜のことば。言葉に、時間や方法をつくってほしい。」

「幻舞バジターン教室」/師範代 川上 弘
寡黙な美少年師範代を興味深げに覗きこむ学衆。
画期的!勧学会の賑わいは、800件を超えた。
のびのび回答に、やさしい指南のターンターン。
年月にも廃れない、幻舞に酔った記憶、記憶。
-------------師範 平山智史

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●川上 弘師範代「14守随一のおしゃべりな教室でした。頭でわかっても出来ることとは違う、と学びました。」
●松岡校長「肌身に沁みて感じたね。ところで、両性具有ってどう思う? 両性具有性について、女性でここまで語れた人はいないんだよ。白洲正子を贈ります」


「風鈴斜塔教室」/師範代 大越康弘
斜塔の窓からの眺めは東西南北360度の絶景、皆ぞれぞれ、でした。
それが、いつの間にか舞台の上へ。そして風を熾し、鈴の音を鳴らしている。
颯爽と軽妙な指南が、教室を緩急自在に教室を揺らした。
-------------師範 小林佐和子

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●大越康弘師範代「師範代は幸せ者。学匠、師範からの言葉もありがたかった。何より学衆のみなさんに感謝です」
●松岡校長「多様な学衆に応じていくのは大変だったろ。編集学校にも試合、ゲームがある。将棋の名人に学んでみる?『名人に香車をとらせる』を。」

「人間人形教室」/師範代 中村 万
指南の軸をゆるりとおろし、数多の方法をぐるりと見回し、
編集の型をするりと差し出して行く姿。
地味溢れる佇まい、安心感ある教室でした。
-------------師範 小林佐和子

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●中村万師範代「人と人の関係を繋ぐ。あり得ないスピードで
関係が縮まっているのが教室。編集のなせる技であり、貴重な体験。ぜひこの会場にいる方も機会があればチャレンジしてほしい」
●松岡校長「また、住んでいる種子島から空を飛んで、来てね。先達本は『ライト兄弟に始まる』を。」

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●小林師範「編集学校に携わっている間は、競馬はしない。馬は片手間にやるようなものではないんです。」


「あるすハイパー教室」/師範代 泉洋之
あなたは、回答に畳まれた様々な動向を、
解き、沸立たせて、編集の契機とし…
一身を以て学衆と稽古を共にし…編集魂を、伝えました!
-------------師範 斉藤伸子

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●泉洋之師範代「編集学校で次へ進むたびに、日常でも何かを清算している気がします」
●松岡校長「もっと好きなこといっていいよ、と声をかけたことがあったね。人は一人ひとり違う。雪のようにね。中谷宇吉郎『雪』を贈ります」


「望気雲流教室」/師範代 山口桃志
教室の水面に、千変万化の情報の気流を映し、析出される編集蒸気の流れを集め、
気流に乗せて渦巻かせ、その有様を自在に象る雲の導く大気となりました。
4ヶ月の輝きを讃えます。
-------------師範 斉藤伸子

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●山口桃志師範代「回答から伝わってくる、学衆さんひとりひとりの想い。いつの間にか、疑似恋愛のような親しい気持ちになっていました」
●松岡校長「卒門した学衆さんを4匹のあゆに見立てた帯だね。
手仕事、その中でクラシックとモダンをうまくあわせていくセンス、活かしてね」

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●松岡校長「斉藤さんは、編集学校で大きく変わったね。人を輝かせようとしている。それが斉藤さんを変えていってる。」


「窯変みさき教室」/師範代 竹島陽子
春の芽生え、弥生の半ばに、みさきの門が開き、頭脳変窯の日々が始まった。
7名のみさき衆が文月9日門を潜った時、モニタのむこうに喜びの涙に嗚咽する
たけ師範代の姿が見えました。
-------------師範 稲本健治

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●竹島陽子師範代「感謝状。稽古100日目に師範代のPCがダウンしたとき、なんや百物語みたいやな、と師範が脱力系の声がけをしてくださったこと、忘れません。」
●松岡校長「こんな道、自分には歩けない、と思っていても、ある時、また誰か道連れができて、歩けるときがくるんだね」


師範からのレイのプレゼントや、師範代から師範への感謝状も飛び出した、[守]感門。
ステージでは、ほかにも、黄天狗ブローチ、月と星のオーナメント、もらい泣き、校長とのハグ、
などなどが交わされました。
もうひとつ添えたい、響きあいたい。
そんな想いにあふれる時間やつながりが、「編集稽古の夢中」の先に、待っています。


(ISIS編集学校 佐々木千佳)

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