松岡正剛直伝・読書術講義録
〜7/13 「セイゴオ読書術教えます」@ギャラリー册
7月13日東京・千鳥ヶ淵にあるNIKIギャラリー「册」で、松岡正剛のギャラリートーク第2弾「セイゴオ読書術教えます」が行われた。
「册」では27日まで千夜千冊展が開かれていて、さまざまな書画や、独自のオブジェ作品、コンセプトのドローイングなど松岡の手による“知のオブジェ”が展示されている。雨模様ながらも明るい光が差し込む縦長の空間にひしめき合う聴衆が、その講義に聴き入った。
千夜千冊のコピーがおどる短冊が飾り付けられた七夕笹のもとに、麻スーツ姿で現れた松岡が、文庫本を使ったリアル・エクササイズも交えながら、“速効性”をもって伝授していった。
「読書というものは、なぜかものすごく未熟な状態でしか世の中に提示されていないメソッド」と語る松岡が、三十年かけて日々実践・研鑽してきた読書法の真髄とは…
松岡正剛直伝とききつけて会場いっぱいに集まった聴衆
■本の選び方―棚から取った本の左右をあわせて3冊を見る、覚える、感じること
「まず、本を選ぶというところから。そこから変えないと読書は変わらない」
松岡は三本指をつくりながら、講義の最初に「3冊」というキーを提示する。棚から取った本の左右をあわせて3冊を見る、この3冊ずつのアイスキャンを実践することによって、本をつねに複数の組み合わせ、アソシエーション、アンサンブルで見たり、接したりするようにすることが重要であると説く。そして、この本を選ぶという行為を松岡は、「ブティックで服を選ぶように」と喩える。服の陳列を見た瞬間、自分に似合う似合わないというのを感じるようにという意味だ。
続いて、今度は本棚をアレンジする側である書店に向けて、ブティックがやっていることに学ぶべきであるという提言が放たれる。
「ブティックではいろんな並べ方をしている。しかも近年、表参道に並ぶファッション関係の建物が、こぞって半透明になっているという現象があります。どこかシルエットが見えるようになっている。たいへん工夫をしているわけです。ところが書店の本棚には、そんな違いがまだ見えない。これをうんと変えたほうがいい。書店は誰かがやれば変わります。それぐらいの可能性がある。日本人の滞店時間のデータがありますが、飲食以外で1人の滞店時間が長いのが書店なんです。ここで何かをするというのはチャンスなんです」
「3冊の並びを見ることで、書店の空間の価値観と自分の価値観が出会える。書物というのは、著者がいて、エディターがいて、版元がいて、営業がいて、書店取次がいて、書店員が並べている。そこには価値の選別が幾重にも入っている」と、Web上にあふれるテクストとは異なり、本というものがつくられる過程、棚に並べられ読者が手にするまでの過程における「編集」が生み出す価値を力をこめて語る。
ここまでに語られたことについて詳しくは、千夜千冊第752夜 小川道明 『棚の思想』にあるテクストを読まれるとよいだろう。
松岡は、われわれがとらわれている先入観を振り払うかのように、「みなさんは読書というものを知的行為と思いすぎている。もっとスポーツやファッションに近いもの、アスリートなものでファッショナブルなものと感じたほうがいい」と、読書は頭だけでするものではないことを強調している。
■本の読み方―本の構造と人間の知覚が持っているスピードの勝負、この歴史の中で本を読むべき
本の選び方を確認した後、いよいよ本の読み方に入っていく。速読術のポイントとはなにか。「速読というのは時間のことじゃない。構造を速く感知できるかどうかにかかっている」と、松岡はいう。
「行を早く追うためのナナメ読み、速読術は世にあふれているが、そういうことではなく、本として著された入れ子状の階層的な構造をつかむこと。われわれの中に潜んでいる何か“ある形”というもの…これをつかめば、たとえば小林秀雄と三島由紀夫なんて対照的な文章だが、たちまち読める。構造のつかみ方は普遍的なものでなく自分なりのものでいい。ただし独自の工夫をすべきです」と説きながら、目次読書法やマーキング読書法など、自ら実践・研鑽してきたメソッドを、ワークショップ形式で開陳していった。
<目次読書法>
松岡は、つねづね本の内容を読みたい気持ちをぐっとおさえ、目次を読みながら書いてあることを想像してから読むことの重要性を説いている。
「目次をちゃんと読めば、そのあとが全然ちがってくる。ぼくがどうしているかというと…目次を読んだら一度伏せてから思い出してみる。次に、どういうことが書いてあるかを想像してみる。ここで想像したことがすごく大事。このようにして流れが頭の中に入り、書いてあることを想像することになる。これをしないから、著者の書いたことにひれ伏しててしまう」と、方法を語り、「速読とは物理的なスピードではなく、本についての想像の量であり、それが多ければ多いほど速読である。これが本を速く深く読ませ、感動を素直にさせる。これをやらないと、本のほうに引っ張り込まれてしまうんです」と、著者の思考や表現に引きずられないというその効果を強調した。
<マーキング読書法>
続いて、20代のころ武田泰淳の書庫に出入りして、その蔵書にほどこされた赤鉛筆の泰淳マーキングに驚いたというエピソードをひきながら、マーキングについて解説していく。
「マーキングは絶対やったほうがいい。本を汚すことにリスクのようなものがあるとしたら、それの100倍ぐらい得るものがある。養老孟司さんのように、マーキング用の2Bの鉛筆がないと読む気にならないと言う人もいる。しかも硬さは2Bでないとダメらしい(笑)」。
そして、「ふせてあける」や「マーキング」などのメソッドが、人間の知覚の構造と対応しているものであることを説明した。
「人間というものは認知と再生が違うメカニズムで出来ているので、覚えたことが覚えたとおりに出ない。入れたものをどう出すかということをアフォーダンスしておかないと出ないということです」。
文庫本を使ったワークショップのようす。本をあいだに、たちまち活気につつまれた。
「声を出して読む。ふたりで読む。これが現代の読書にはないんです」(松岡)
■理解するために読むというのは5分の1でいい
そして、松岡は「理解するために読むというのは5分の1でいい」と喝破する。
「テクスチャーだとか感覚とかクオリアとか全部あって読むのが読書。何らかの体験が過ぎ去った、というつもりで読む。相手(著者の書いたこと)がすごければ見逃す、というのもあっていいんです。野球でいうなら、ピッチャーの投げてきた球が内角を鋭くえぐったような感覚ですね」。
「ぼくの千夜千冊がそうなんですが、必ずしも理解したことを書いているのではない。たとえば、ぼくが18歳のとき、あまりにも素晴らしく過ぎ去った…というような読書体験のことが書いてある」。

(左)岩波文庫『哲学ノート』での重要箇所のマーキング組版のようすをマイクを使って表現
(右)マイクをバットに見立てて構えながら、読書時に受けた感覚を喩えで表現
■千夜千冊全集・全七巻の本の並び―これに合わせて、自分の思考や日々を変えていく
ここは、松岡の言を汲み取ってもらいたい。
「千夜千冊全集・全七巻の本の並び。これは、もし自由に並べられる時間と空間があるなら、自分の本棚はこれにしていくというものになっています。陶芸家が窯や焼き物と、ピアニストがピアノと暮らすように、これに合わせて、自分の思考や日々を変えていく。読書だってそうなんです。知識が豊富になるだけだったら、そうなりますよ。そうではなく、そこに松岡知があるとしたら、それごとそこから持っていく人がどれだけいるか、ということをしたいわけです」。
■ぼくの方法は「マーキング」であり「3冊読書」である

(左)黒板のような黒いカンバスに描かれたドローイング(右)「千夜千冊控帖」
会場に展示されていた黒板のような黒いカンバスに描かれたドローイングを手にとって自ら解題しながら、「こういうものが何百と、いまのぼくの中にある。それが組み合わさっているわけです」と語り、次に蛇腹状の冊子に編集的世界観のコンセプトマップを手書きした「千夜千冊控帖」(「册」で販売中)を広げながら、「簡単に言えば、これは私のコンセプトテーブル。おそらく600とか1600ぐらいあると思う。これをたとえば何かのプロジェクトのときにどこを出すかを考えます。プロジェクトには自然科学とか人とか、いろんな情報地図が待っていて…新しくもっと出会いたいと思っています。そこに、ぼくもコンセプトを出す。そのときに、こういうアイテム図を組み合わせるわけですが、その基本は読書と黒板なんです。コンセプトを絵で表したい。絵にするためにはマーキングをして再生可能にしておきたい。それが黒板のドローイングになる」と、数々の手わざを初めて公開しながら、自らの知の方法を語った。
■本の力を信じている。だから本にしかできないことを伝えたい
最後に松岡は、「本は三千年の歴史を通過してきたおそるべきツールだと思いますし、PCや携帯にはないものを もっているとは思うんですが、それらがさまざまな機能を内包してユーザーに提供し始めたものからくらべると、本というものはあまりそれをやっていない」と、ともすればPCや携帯などのコンテンツに押され気味の状況に対し、有史以来「知の最大のユニット・オブジェクト」であり続けた本の歴史とその可能性、書物の復権への想いを語った。
「千夜千冊全集版部立集」(「册」で販売中)の裏表紙には、本棚を背に胡坐をかき、こちらを凝視する松岡の写真とともに「本の力を信じている。だから本にしかできないことを伝えたい」というマニフェストが記されている。
追記:千夜千冊全集・特別巻に書き下ろし「ぼくの読書術」が収録されています。
⇒お問い合わせ・ご予約は求龍堂で
「声を出して読む。ふたりで読む。これが現代の読書にはないんです」(松岡)
世界読書の方法を学ぶ入り口は「ISIS編集学校」、「千夜千冊」にあります。
(文と写真: 編集工学研究所GEAR 池田紀務/editorial engineer)