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▲共読日本を編集中!

一つのお題にたくさんの回答と指南が連なる“共読スタイル”を通して、新しい方法に出逢うための学校、編集術の修得とともに共読スキルが格段に上がります。
(110613)
  
■セイゴオ先生の編集術エクササイズWebツアー[序]→ISIS本座で随時受付中!

■イシス編集学校
秋開講の基本コースは2011年10月17日開講。
→[守]お申込みはこちら。


 
2006年06月 記事一覧
[06/30]
〔PR〕14期[破]は実力もつくし、特典もつく!
[06/29]
ISIS編集学校*なるほど用語集〜その1 「感門表」
[06/26]
ハ・レ・ヤ・カに放伝!
[06/23]
赤坂ZEREのお勧めランチ(2)
[06/15]
ツール編(1) 編集小道具:ポスト・イット
[06/12]
市民記者の活躍が、地域コミュニティの明日を担う
[06/08]
【潜んだ日本3】国際戦略の不毛とソサエティの見直し
[06/05]
千夜千冊クロニクル (前編)
[06/01]
京の伝統職人たちが集う特別編集塾
 
[テーマ別アーカイブ]
■EEL PROJECT
■Edit School News
■information
■なるほど用語集
■ようやく千夜千冊
■セイゴオローグ
■情報技術と経済文化
■赤坂稲荷坂ZERE
■千夜千冊という事件
■編集のルール・ロール・ツール
 
[月別アーカイブ]

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2010年: 12月 10月 9月 8月 7月 6月 5月 4月 3月 2月 1月
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2005年: 11月       
      
[松岡正剛Online]

     
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2006年06月30日[Edit School News]
〔PR〕14期[破]は実力もつくし、特典もつく!

この夏(7/31)、ISIS編集学校の応用コース14期[破]が開講します。
すでに[守]基礎コースで編集術を修めたみなさんが、文章や企画などで活きる“実力”を高めていただくコースです。次のステップへの後押しに、今回、この時期ならではの≪受講特典≫をおつけすることになりました。

応募期間中のスペシャル応援コンテンツも着々、届いています。
ブログサイト「Edit64」では、ついに、[破]のメニューを公開!
第一弾は、「物語編集術 powered by ISIS編集学校」です。
http://edit64.jp/


◆[破]の 醍醐味。

【破】では「文体編集術」「クロニクル編集術」「物語編集術」「プランニング編集術」を15週間かけて学んでいきます。実践において有効で応用性が高く、かつ、子供の頃の夢中と好奇心を掻き立てる〈4つの編集術〉は編集学校自慢のカリキュラム。
  → http://www.isis.ne.jp/isis/edit_school_news/#a000178

  【破】〈4つの編集術〉は、こちらをご覧ください。
  → http://es.isis.ne.jp/shu_ha_ri/index.html#ha
  【破】「物語編集術」はこちらのブログで一部中身が見られます。
  → http://edit64.jp/

[破]とは、「型」を知ってさらに「型を破る」こと。
4つの編集術を通して従来の自分の殻を破り、大いにブレイクするチャンスです。
夏には「文体」の花を咲かせ。そしてたわわな実りの秋へ。
卒門生のみなさん、14【破】の夏を、新たな教室の仲間とともに駆け抜けましょう!



◆ 【特典1】稽古の夏に。先着30名限定! [守破離Tシャツ]

14[破]を申し込まれた方、先着30名様に[守破離Tシャツ]をプレゼント。
……色は2色。松岡校長の書がデザインされています。
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◆ 【特典2】「千夜千冊」第二期、突入記念!  もれなく[千夜千冊・全リスト]

「千夜千冊」第一期:放埒篇の終了、第二期:遊蕩篇のスタートを記念した[千夜千冊・全リスト]を、申込者全員に、もれなくプレゼント!
……1夜から1144夜まで、一望できる小冊子(非売品)です。
千夜リスト2_web.jpg


■【特典3】「感門之盟」への参加もOKです!

来る7月16日(日)に、今期修了をお祝いする ≪感門之盟≫が開催されます。
今回は久々のみなさまにもご参加いただけることになりました。スタッフあて、ご連絡いただいた方にご案内をお送りいたします。


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第14期【破】応用コース
期間 :2006年7月31日(月)〜11月12 日 (日)

●●申し込み締め切り:<7月20日>
●●お申し込みは、こちらから<↓>
http://es.isis.ne.jp/course/ha_subscription.html

ご質問など、遠慮なく学校スタッフまでお寄せください。
14[破]の教室でまたお目にかかれることを願って……。


(編集工学研究所CORE 佐々木千佳)

2006年06月29日[なるほど用語集]
ISIS編集学校*なるほど用語集
〜その1 「感門表」

 ISIS編集学校には、「師範代」「編集稽古」などオリジナルな用語が多々あります。某ビジネススクールの企画担当の方も「すみません、真似しました」とおっしゃっていたっけ。使用料、払えよな〜(笑)。
このシリーズでは学校案内を兼ねて、オリジナル用語のいろいろをご紹介してまいります。「言葉が生まれれば、そこに文化が立ち上がる」。いろんな学校の横顔をご覧いただければ幸いです。

 「感門表」:師範代に対して期の終了時に贈られる賞状の名称。「感門之盟」はこの授与式ともなる集いで、松岡校長以下、ISIS編集学校の師範たち、生徒(学衆といいます)、スタッフの見守る中で一人ずつに読み上げ、手渡される。その内容は、担当師範の手に成り、言葉のひとつひとつ、文体、レイアウト、すべてにおいて「世界にひとつしかない賞状」となる。
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 なお、生徒は師範代から「卒門証」や「突破証」が贈られ、師範は松岡校長から「書画」を贈呈される。
ネット上のことながら、初めて出会うメンバーをまとめ、丁々発止の編集指南を繰り広げるプロセスで、師範代自身が得るものは大きい。この感門表を手にするときの師範代たちの輝かしい表情に、「師範代をやると女性はきれいになる」という伝説も生まれた。
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師範が読み上げる感門表に格別な4ヶ月の物語が蘇る


★7月16日(日)には目黒区庭園美術館の大ホールで、「感門之盟」が開かれます。
関係者の参加が主の集いですが、
今回は特別招待枠もありますので編集学校に興味がある方は以下までお問合せください。
front_es@eel.co.jp(佐々木)

(編集工学研究所CORE 佐々木千佳 )

2006年06月26日[Edit School News]
ハ・レ・ヤ・カに放伝!
〜第四回ISIS花伝所・師範代試験修了

 去る6月10日、赤坂ZEARで「ISIS花伝所・第四回師範代試験」が行われた。
 5週間にわたる猛トレーニング・「花伝式目」の指南演習を終えたばかりの15名が、入梅直後の汗ばむ陽気のなか午前午後に分かれ到着。頭取、学匠、花伝所所長・副所長からなる「番期選考委員」が、それぞれの緊張をほぐすように迎える。

 面談では、ひとりづつ師範代を目指す動機について語る。「この先にある新たな世界を見てみたい」「子育て以外にも人とともに成長する経験をしたい」「人生を変えたい」とイキイキと語る。「指南を受けたときの感動が忘れられない」「師範代や師範にもっと学びたい」「編集学校での縁ある人々との時間を燃焼させ蕩尽してみたい」と懐かしそうに語る。「いろんな人と方法の交換ができるようになりたい」「情報をハンドリングする方法を手渡ししたい」「私にも型を染み付かせたい」と意欲的に語る。
 個々の動機に共通するのはチャレンジングな“エディターシップ”。その気持ちが演習への取り組みにも反映されていて、マネジメントのブレストでもユニークなアイデアが次々あがった。最後に、その演習に厳しい指導をつけ、励ましつづけた道場師範からの全体講評とアドバイスが伝えられる。
 師範代を目指すことの意義に立ち戻るための師範代試験。15日の結果発表では15人全員が見事合格。15期〔守〕の師範代デビューに向け、初秋には松岡校長や師範たちによる指南講習「伝習座」に臨む。

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<祝・認定!>


エディトリアル・コーチングメソッドのことなら
→ ISIS花伝所http://es.isis.ne.jp/shihandai/index.html

(いとへん編集長 田中晶子 )

2006年06月23日[赤坂稲荷坂ZERE]
赤坂ZEREのお勧めランチ(2)
〜coreチーム篇

赤坂稲荷坂ZEREのランチ情報。COREチームは女性好みの逸品・ユニークなお店をご紹介します。最後には「ひとこと編集指南」を添えてみました。「編集指南、受けてみたい!」という方は、どうぞISIS編集学校へ。お待ちしています。

◆蕎麦処「NAGARA」-------------------------------
 稲荷坂を下って赤坂通り方面へ進み、一筋目の細い道を左へ曲がる。プランターを並べた住宅街の瀟洒な二階家の地下に、蕎麦処「NAGARA」がある。お薦めは照り焼きランチ。雑穀のご飯に豆腐、しっかりタレをからめた鶏の照り焼きがまず出される。殻ごと挽いた粉で打ちたての蕎麦は、注文を受けて茹でるのか少し時間がかかる。細い麺の上に、一片の柚子と千切りのネギだけを載せた椀が清々しい。歯ごたえと舌ざわり、滋味と旨み、そして匂いと香り。絶妙な取り合わせは、素材のミメロギア、味の二種合成。

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(CORE 堀江久子)

◆中華料理「aa」-------------------------------
 赤坂ZEREの前、リキマンションの脇をぬけて中国家常菜「江山楼」をスルーして、そのまま右前方の横道へ入る。黄色い看板で迎えてくれるのは、界隈随一の人気中華店「aa」(ミンミン)。
 モットーは「民族の味」だ。ドア前には植栽が緑濃く、亀(食材ではない)が泳ぐでっかい金ダライがアジア気分を盛り上げる。メニューはオーソドックスだが、どれも一癖、一工夫あり。焼き餃子、水餃子、チャーハン各種、焼きソバは太鼓判。
 夏場だとジャージャー麺を太麺、キュウリ大盛りで頼むのが通。かの都はるみも、ときどきおとづれる隠れた名店。その人気は、味だけではなく、オバチャン、お兄ちゃんたちの家族モード。夏にはアイス、冬にはお汁粉がおまけにつくよ。私ぐらいに通うと、ウーロン茶はコップではなく、最初からジョッキで出てくる(笑)。編集工学研究所へいらしたときには、ぜひ一緒にいきましょう。

お勧め料理
焼き餃子 450円

★ひとこと編集指南!★
お店は小さいけれどいつも繁盛。料理もサービスもふところが深い!結構です。

(ISIS編集学校頭取 大川雅生)

◆いろり焼 あお葉-------------------------------
つるっと甘辛、もっちり薄口、パリパリッと焼塩。浅漬は拍子木、さといもは六方、牛蒡は巻いて。五感が呼び覚まされる「ひと口の編集」、これが1食で体験できる。料理の着物は、大振りの笹を敷いた篭。「篭弁当」(945円)は「いろり焼 あお葉」で定番の昼メニュー。ただし、売り切れの際はご容赦を。
コロンビア通りを渡って赤坂見附へくだる道沿い。黒塀を目印に。

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★ひとこと編集指南!★ 小鉢や椀の【役割設計】も申し分なし!個人的に惜しいのはBGM(演歌only)。ここにも【組合せ】の妙を求めるのは、贅沢か?

(CORE 佐々木千佳)

◆手作りカレー「カリーニ」-------------------------------
円通寺坂の途中にある小さなカレー屋さん。10人も座れば満席になる店を女性一人が切り盛りしている。カレーだけかと思いきや、何故か「あおさうどん」もあり。おすすめは野菜もりだくさんの「ベジキーマカレー」。オクラ、にら、じゃがいも、ブロッコリーが皿の中でひしめきあう。ビタミンたっぷり、体にやさしいあっさりめのカレーにヨーグルトデザートつき。店名の由来は「カレーだから何となく」。力の抜けた風情にホッと一息つきたくなる和み空間。

★ひとこと編集指南★
テーブルの上に置かれた真っ白な貝殻のオブジェ、壁にはレゲエのレコードジャケット。このとりとめのない“モード編集”が実は心地よさの秘密!?

(CORE 原淳子)

◆メゾン・ド・ユーロン-------------------------------
旬の野菜を美味しく薫り高く“味わいたい”とき、胃と時間に余裕があるときのヌーベルシノワーズ・レストラン。ここでいただく1050円のランチはお値打ちものです。おすすめは「マーボー豆腐」、辛すぎて食べているときの味はほとんど不明なのにしだいに立ち上ってくる黒胡椒の芳香がエレガント。口中しびれる覚悟でお試しを。メトロ・赤坂見付駅からコロンビア通りへ上りきる手前15メートル左手にポツンとtたたずむ隠れ家。ZEARからなら歩2分。

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4種類の惣菜から2品選べるランチセット、玄関
★ひとくち編集指南★
料理は中華、器は和風、店は洋風サロンと部分的にはバラバラ。でもそこが個性となっているようだ。ア・ラ・カルトの料理名は例えば「くらげのネギソースあえ」のように、(素材)+(調理法)で統一されているのが専門店っぽい。かたやコースはストーリーメイクされていて、「翡翠色のスープ」の原郷から旅だつ。
東京都港区赤坂4-13-18  TEL 03-3589-3955

(CORE  田中晶子)

2006年06月15日[編集のルール・ロール・ツール]
ツール編(1) 編集小道具:ポスト・イット
〜編集のルール・ロール・ツール

 長所と短所は表裏一体だ。一見、明らかに欠点にしか見えないことが、視点を変えれば逆に有利になる。
 メガヒット商品の誕生秘話として有名な部類に入るが、ポスト・イットがまさにこれを体現していた。付くけれど簡単にはがれてしまう素材という、接着剤としては用をなさないものが、貼ってはがせる付箋用として大活躍の場を得た。いまや、グループウェアとして企画会議からパーソナルウェアとしてToDo管理まで、世界中の編集の現場で、欠かせないツールとなっている。

 ポスト・イットは、1969年、アメリカ3M社のある一人の研究者の好奇心による、理論通りではない薬品の調合から誕生した。その“失敗”研究報告は、しばらく眠りにつく。そして1974年、別の研究者の実生活での閃き―「讃美歌集でページを覚えるための簡単に外れない糊付しおり」―を得て、1980年に製品化された。途中さまざまな試練がありながらも、簡単に引き下がらずあらゆる手を尽くした関係者の努力と情熱と確信によって、世に出たという。

 そして海を渡った日本では、、、

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 実は住友スリーエムにあとで聞いて分かったことだが、この付箋型の「ポスト・イット」は日本の独自開発商品なのだ。
 アメリカでは「ポスト・イット」はノートとしてとらえられており、大きめのサイズのもののほうがよく売れるそうだ。私のように付箋型の小型「ポスト・イット」に文字を書くという発想はアメリカ人にはないらしい。
 したがって、付箋紙という歴史がある日本でだけこの付箋型が発売されている。巨大な紙状で輸入される「ポスト・イット」を付箋のサイズにカットする作業は、実は日本国内で行われているそうだ。   
-----西村晃 著『時間とアイデアを生み出す「ポスト・イット」知的生産術』より

 なかでも最小のもの(現在のところ)が「スリム見出し(ミニ)」である。大きさは25mm x 7.5mm。もはや付箋やしおりというよりも“目印”としての用しかなさないだろう。使いみちはおそらく、本や紙資料へのマーキング。気軽に使えるので、ついつい貼りすぎてしまうところが難点であるが、私にとっては、これがないと本を読むための準備が整っていないと思うほどのものになってしまった。これにより読んだときに気になった箇所の快速な頭出し、ピックアップが可能となるのだ。

 本を読むというと、個人的にはノンリニアリーディング、本をまたぎつつ読書するためのツールが欲しいと感じている。たとえば、本自体がポスト・イットからできているような、もしくは本の内容をポスト・イットに簡単に転写できるとかである。そして、いろんな本から気になった箇所を自在に切り取り、再編集できるようなものがあったら面白い、と夢想している。

 ちなみにポスト・イットの実践的活用法について、ISIS編集学校のリアル・ワークショップでは、「ポストイット編集術」というメニューを用意している。参加された方の体験談のブログなどもネットで見つけることができる。「編集術(おもに発想法)をゲーム感覚で学べる」と好評を博しているようだ。

(文: 編集工学研究所GEAR 池田紀務/editorial engineer)

2006年06月12日[EEL PROJECT]
市民記者の活躍が、地域コミュニティの明日を担う
〜自治体による電子コミュニティの曲がり角

「いとへん」4月28日「ミニ編集学校で市民記者生まれる〜4/22藤沢市民記者養成講座修了証授与式」でレポートされた、神奈川県藤沢市の市民記者14名がいよいよデビューを果たした。60歳以上が6名、50歳代が4名という、いわゆるリタイヤ組が半数以上をしめる布陣だが、連日、精力的に市内イベントやボランティアに顔を出してはレポートをアップする。その勢いに藤沢市の担当者はもとより、講座から立ち上げまで見守ってきた世話人も驚くばかりである。2007年問題がメディアを賑わす中、新米記者さんたちの奮闘振りが頼もしいかぎりだ。
(電縁都市ふじさわ市民記者→http://e-comm.cityfujisawa.ne.jp/shiminkisya/

先日、総務省(自治行政局自治政策課)から『住民参画システム利用の手引き』という分厚い冊子が発行された。「ICTを活用した地域社会への住民参画研究会」(座長/石井威望)で、実証実験と議論がなされた内容をまとめたものだが、「まちかどリポーター」の項目には、編集工学研究所が企画・運営を主導した「箕面市情報サポーター」の事例とともに、「市民記者養成講座」のカリキュラムの一部が紹介されている。私もこの委員会のワーキンググループのメンバーとして、地域コミュニティシステム(地域SNS)の開発と、千代田区・長岡市(新潟)での実証実験をベースとした議論に加わった。
(総務省の「手引き」のWeb版→http://www.soumu.go.jp/denshijiti/ict/index.html

自治体が主催する地域電子コミュニティは、現在大きな曲がり角にきている。藤沢市とともに三羽烏といわれた三重県の「e-デモ会議室」の撤退もショックだったが、各地のコミュニティが次々と消えていった。「アラシ」と呼ばれる人種や、行き過ぎた個人情報保護のプレッシャー、運用にかかる人材やシステム管理の予算など、理由は多様な要素がからんでいる。最終的には、それら課題をはね返すだけの成果をアピールできず、担当者が孤立無援の状態で・・・というパターン。そんな中で、八代市(熊本県)の「ごろっとやっちろ」が注目を集めている。総務省が冊子で強調する地域SNSの発想もここからだ。

八代市の「ごろっとやっちろ」は、市の職員の小林隆生氏がたった1人でつくったシステムで、そのソースがオープン化されている。川崎市などがさっそく導入し、総務省が開発した地域SNSも、実は、この open-gorotto をベースにしているのだ。SNS型の地域コミュニティが、どこまで自治体が主催する電子コミュニティとして機能するかは、まだまだ未知数だが、この領域の関係者が活気を取り戻しつつあるのは確かだろう。そこで、ツールはなんであれ、必要となってくるのがコミュニティにストックされるコンテンツの質の向上と、それを生み出す人材の育成となる。

総務省の手引きの中で期待を寄せている「まちかどレポーター」の理想的なモデルが、今回の藤沢市の市民記者の活躍ぶりに提示されていると思う。さらに、この市民記者たちのコミュニティ(編集プロセス)と、オンライン教室(養成講座中)のコミュニケーションの充実(これは編集学校で実証済)が、地域のICT化の方向性を示しているように思われる。そこで今、編集工学研究所では、地域SNSやスクール型コミュニティのノウハウを導入して、コミュニティ・エディター(藤沢市や編集学校で使用中のコミュニティ・システム。三重県や札幌市などでも使われた)の新バージョンを構想中だ。

(編集工学研究所GEAR長 太田剛)

2006年06月08日[ようやく千夜千冊]
【潜んだ日本3】国際戦略の不毛とソサエティの見直し
ようやく千夜千冊-vajra's book tour-
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「中世騎士団と結社」


 6月3日早朝、gooの早番ニュースはジャワ島中部地震の救援活動とともに、動乱の東ティモールへのオーストラリア軍出兵、ベケット英外相のウィーン6ヵ国会議でのイランのウラン濃縮停止への声明発表の記事が踊っていた。剥き出しなパワーによる国際化の推進だ。その尻馬に乗った組織犯罪対策の国際条約に批准を睨んだ日本の共謀罪成立の行方も不透明だ。国家と社会の間に働く第三のシステムが押しやられてきた。日本は、このような趨勢に対処する発想が乏しい。

 日本の第三システムとの関わりは、天智天皇の倭唐戦争敗戦後、大乗仏教ネットワークを背景にした唐帝国と国交修復をしたとき、イスラム・ネットワークを抱え込んだモンゴル帝国の襲来のときだったが、直接の関与はなかった。日本が世界システムの構築者に接したのは、イエズス会(ソサイアティ・オブ・ジーザス)との遭遇が初めてだった。
 イエズス会とは何なのか。ガリマール書店の「知の再発見叢書」の一冊、フィリップ・レクリヴァン『イエズス会』を含むこの叢書の全体を、松岡正剛は「すばらしい編集」と評している。これはフランスのガリマール社最大の出版プロジェクトで、300巻をこえ、世界21ヵ国で翻訳が進んでいる。章立てを先割りし、基本フォーマットに従い、ページのレイアウトを定め、著者が文章を書くという編集プロセスが見える。創元社の日本版では、1巻1人の監修者を立て、B6版変形、およそ200ページ前後にまとめ直している。
 『イエズス会』の著者、フィリップ・レクリヴァンはイエズス会士であって神学博士、パリ文化センターのイエズス会神学哲学院に教会史、宣教史の教授である。「日本を介して、ザビエルに出会った」と冒頭の辞に述べている。イエズス会はカトリックの修道会だ。修道会は宗派ではない。修道会はキリストに倣って自分の意志を神に奉げる修道士のボランタリー集団で、ヨーロッパの四分五裂した中世国家と社会の間を国境を越えて充填してきた。イエズス会は16世紀、プロテスタントの出現に対するカトリック復興運動として、たった6人の同志が立ち上げ、異文化世界への布教に乗り出した。なぜ世界に乗り出そうとしたのか?
 松岡正剛は、5つの端的な質問によって、イエズス会に迫ろうとする。なぜイエズス会は牧師や修道士の古い修行生活様式を捨てて世界への派遣士となったのか。なぜイエズス会士は異国での自己犠牲を惧れないのか、なぜ赴いた土地の王や皇帝や首長に立ち向かえるのか、なぜイエズス会には完璧なドキュメントが残るのか、なぜイエズス会士は外国語にあれほど短期間に堪能になるのか。それは異教地布教と学校経営のミッションを達成しようとしたことで実践的な方法を備えた。
 実際、フランシスコ・ザビエルは身体一つで坊津に上陸し、衣服もなく、食料の喜捨を受けながら、戦乱の中を京都まで上って天皇にまみえようとした。こんなザビエルのような修道士の群れが世界に散って、各地の風土や文化にあった宣教を工夫したわけだ。日本においては日本文化を尊重したヴァリニャーノと教条的に宣教するコルテスの宣教方針が対立し、キリシタン弾圧の原因をつくった。それにしても天正少年使節団などに見せたヴァリニャーノがの日本文化理解の情熱には感嘆せざるをえない。このように各地の文化に学んで、そこにキリスト教を胚胎させようとする方針は世界の布教地で行われた。これは近代の欧米優越観に対する「インカルチュレーション」として評価されている。
 1773年、教皇クレメンス14世の小勅書によって、イエズス会は解散させられた。理由は聖寵の優位性より人間の自由意志を尊重する異端、「半ペラギウス主義」の烙印を押されたからだ。民主主義的国民国家へと転換し、植民地を拡大しようとするヨーロッパ諸国が西欧文化と世界の諸文化を対等に扱おうとするイエズス会人文主義に圧力をかけたのだ。追放されたイエズス会員たちはロシアのエカテリーナ女帝のもとに逃れて密かに存続し、19世紀に復活する。日本がもう少しイエズス会の方法に学ぶことができていたなら、第三の世界戦略を身に着けていたかもしれない。今からでも、遅くないような気がする。松岡正剛は、「ソサイアティ」を考え直す必要があると、締めくくっている。

(編集工学研究所GEAR   高橋秀元 研究員)

2006年06月05日[EEL PROJECT]
千夜千冊クロニクル (前編)
〜第1夜『雪』から第500夜『エクリ』まで

 2006年5月22日をもって、6年3ヶ月間・1144夜にわたる「松岡正剛の千夜千冊」第1期放埓篇が完了した。その軌跡の断片をごく少々追って、長期間の松岡の孤独な戦いに伴走したスタッフに話を聞いてみた。外側からは見えなかった、知られざるエピソードも交えながら、ここで改めて駆け足で振り返ってみることにする。


◆『雪は天から送られた手紙である』〜千夜千冊スタート
 「千夜千冊」は、編集工学研究所のインターネット知財市場創出実験「ISIS編集の国」の立ち上げとほぼ同時に開始された。「ISIS」の中で、毎日更新するコンテンツが必要ではないかというスタッフの提案がきっかけだったことは、松岡自身も語っている。(資生堂名誉会長・福原義春氏との特別対談を参照
 ただし、それ以外の動機もあったと、のちに松岡は述懐している。

 一方で、自分がそれまでなんとなく「やばい」と感じていたことに、襟を正して向き合いたいという潜在的な思いがあったように思う。
 職業柄、原稿や講演の依頼をよくいただく。そういう立場に引っ張られると、自分がかつて書いたことのうえにあぐらをかいてしまいがちになる。これは危険なことだ。(中略)自分はなにか思い上がっているのではないか──その思い上がりの正体をつきとめ、解剖し、捨てる作業をしたかった。(『プレジデント』2004年8月30日号)

 かくして2000年2月23日、第1夜中谷宇吉郎『雪』がインターネット上に出現した。「雪は天から送られた手紙である」という有名な一節に託すように、これから千夜にわたって読書案内の雪を降らせ続けることになる。


◆21世紀への「夜明け前」
 初期の文章は、最近のものに較べればまだ短く、日に4〜5本書き溜めておいたものを、順次スタッフがアップしていくこともあった。当時松岡は帝塚山学院大学の教授を務めていて、週に1回大阪と東京を往復する生活を送っていたという事情もあったようだ。
 また、2000年6月には ISIS編集学校 が開校し、その忙しさも加わった。が、それもただちに「千夜千冊」に反映されていく。“編集稽古の原典”と絶賛した第138夜レイモン・クノー『文体練習』は、編集学校の問題制作にも大きく活用された。

 ちなみに、「千夜千冊」のスタート時は、告知もしていなかったためか、アクセス数は月間30〜40程度であった。しかしすでにこの頃からコアなファンも何人かいて、取り上げられた本を全て集めようと試みていた。この時期で一番入手が困難だった本は、第140夜ルネ・ユイグ『かたちと力』という意見で一致しているそうである。

 「ぼくは20世紀をかなりの不満をもって終えようとしている」と述べた、第196夜島崎藤村『夜明け前』は、400字詰原稿用紙24枚分にあたる大作となった。その20世紀最後にあたる「千夜千冊」第202夜は、『ゲバラ日記』。2004年に公開された映画『モーターサイクル・ダイアリーズ』で主人公となった革命家チェ・ゲバラの、最期の壮絶な闘争記録で締めた。


◆「千夜千冊」開始後、初の誕生日
 第216夜ミュージックライフ編『ロックの伝道者』がアップされたのは2001年1月25日、松岡正剛57歳の誕生日であった。
 この日、スタッフは「松岡正剛百人一冊カルタ」なるプレゼントを贈った。読み札に「千夜千冊」の書名と前半の一節が、取り札には後半の一節が書かれている。つまり、「千夜千冊」の全文の内容を記憶しておかないと取れないので、難易度は甚だ高い。社内でカルタ大会を行ったとき、読み手になった松岡が、取った札が正しいのか判定に迷うことも二三あったらしい。このカルタは市販の百人一首カルタに、書籍の表紙画像と抜き出した一節をデザインしたカラー出力紙を貼り付けて作ったものなので、札を凝視すると後鳥羽院や蝉丸が透けて見えるところがまたおもしろい。7月7日から千鳥ヶ淵のギャラリー「册」でおこなわれる「松岡正剛・千夜千冊展」には出品されるらしいので、おたのしみに。


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スタッフ手作りの百人一冊カルタ


 5月25日にハーマン・メルヴィル『白鯨』で第300夜、10月17日に夢野久作『ドグラ・マグラ』で第400夜に到達。順調に進んできたようにみえるが、この頃から「食べ物と同じで、その日の体調に合わないとつらい」と、徐々に書き続けることの大変さを感じるようになったという。


◆祝500冊達成・記念イベント開催
 「ぼくの編集精神の原点にあるもののうちの、そのなかでも最もフラジャイルで、かつ“マイナスの哲学”に富んだ一冊」。2002年3月19日、悩みに悩んで選んだアルベルト・ジャコメッティの『エクリ』でもって、ついに500夜を達成。
 その夜はスタッフ一同でお祝いをした。アルコールの全くダメな松岡にも、この日ばかりはワインを勧め、なんと『エクリ』をインターネット上にアップする特製ボタンまで作成。第500夜は、そのボタンを押した松岡自身の手によって公開されたのである。

 3月26日には500冊記念トークイベント「一人一冊」を、東京・銀座のソミドホール(ソニービル)で開催した。150席の会場に、「千夜千冊」に取り上げられた本の著者を初めとする400人を越す人々が続々訪れ、立ち見の出る大盛況となった。井上ひさし、坂田明、浅葉克己、大澤真幸さんらも駆けつけた。


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大盛況となった松岡正剛記念トークイベント


 また、58歳の誕生日に取り上げた第464夜『虫をたおすキノコ』の著者であり、松岡の小学校の恩師でもある吉見昭一さんからも手紙が届いた。

 「目を閉じる。脳裏の底に写る強力な弾力のある松岡君。四十年を超えて、その表情が見える。一人一人の違った特性が日々の力だった。折り返し500回の読書人の貴方からすごい勇気と誠実をもらい、感謝を言いたい。祝詞して讃え、うれしさに心満ちて、きのこを追って若い私も歩き続けていこう。ありがとう。がんばろう。」

 熱いメッセージを残し、数ヶ月後に吉見さんは逝去された。

 「千日回峰では500日までは自分のための行です。500日を超えると他人のための行に入るといいます」。
 松岡はトークショーで、比叡山の荒行・千日回峰に擬えてこう語った。500夜を終えて、平均すると400字詰め原稿用紙で10枚以上にもなる執筆量。まさに修行というにふさわしいが、この先の「他人のための行」はさらに熾烈なものとなることを、そのとき誰が予期していただろうか。(つづく)


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500冊達成を伝える新聞記事
(2002年3月18日 朝日新聞 大阪版)


(編集工学研究所GEAR 興梠証 editor)

2006年06月01日[EEL PROJECT]
京の伝統職人たちが集う特別編集塾
〜高橋秀元主任研究員の「仏教講話」

■「バジラ」の別名を持つ編集名人

 京都室町の誉田屋源兵衛(こんだやげんべえ)は、享保2年より250年の歴史をもつ老舗の帯問屋である。その十代目当主、山口源兵衛氏の招きを受けて、編集工学研究所の高橋秀元主任研究員が「誉田屋寺子屋塾」の講師を務めて2年目になる。この寺子屋
塾は、当主が日本の伝統文化研究の一環として構想し、誉田屋の仕事に関わる帯染めや織りの職人たちを塾生に開催されている特別塾である。
 昨年は『日本の文様』をテーマに宇宙模型、四神獣、植物の文様から格子と縞、色彩、神仏などを取り上げて、連続10回の講義を開催。日本の文様のユニークな講義が好評を博した。本年は『仏教十夜』と題した新シリーズが3月より毎月開講されている。

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大画面の図解を前に喋り続ける4時間

 高橋秀元は研究所創設以来の主任研究員であり、日本の歴史や文化にめっぽう詳しく、ときに所長の松岡正剛も舌を巻くほどの博覧強記を誇る。3年前にリリースされた傑作歴史ビデオシリーズ『セイゴオ先生の高速歴史教室 XYZ日本史』
(松岡正剛の企画・監修・出演)では、歴史の案内役キャラクター「タカハシくん」となって登場し、本人を彷彿とさせる語り部ぶりを披露した。
 高橋の研究の守備範囲は神話から経済まで広範だが、青年の頃から研究を続けてきた仏教には深い思い入れがあったようだ。その愛着をよく知る松岡は、昨年高橋がISIS編集学校11期の師範代をつとめる際に、絶妙の教室名を贈った。「バジラ高橋くん教室」である。バジラとは密教の「金剛杵」を意味する。高橋は密教のシンボルが自分の名前と一緒に教室名に冠されて「すごい、バジラだ。これは傑作だ!」と、大喜びしていたものだ。ちなみにISIS編集学校では、松岡校長が意趣に富んだ教室名を授与するが、師範代の姓名がそのままズドンと組み込まれることも珍しい。「高橋くん」というのもおかしく、三十年以上続く二人の仲が微笑ましい。

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■「大乗仏教」を語りつくす4時間

 5月7日火曜日の夕刻、誉田屋の板敷きの大広間に30人ほどが集まった。第一回は「釈迦の生涯」、第二回は仏教哲学の基礎となる「アビダルマ哲学」で、この第三回は「大乗仏教の発生」である。大乗仏教の要点をたったの4時間で講義しようというのだから、たいへんだ。徹底してポイントを絞った内容は当然のこと、ほかに類を見ない濃縮バージョンとなる。その密度を支えるのが、高橋自作による練達の編集術が駆使された図解シートだ。プロジェクタで映写される、その数15枚。どの一枚も仏像の図像や経典の言葉が散りばめられている。膨大な情報量が徹底的に編集され、図解化されている。

 1枚目の「多様な仏教文化圏」から始まって、なぜ大乗仏教が出現したかを一気呵成に講義していく。大乗仏教と対比される小乗仏教との違いが鮮やかに浮かび上がり、大乗の三大経典である「華厳教」「維摩教」「法華経」は絶妙の編集見立てで、それぞれ「精神宇宙をめぐる観光ツアー」、「3幕14場のコメディ」、菩薩を主人公にした「妙法蓮華教オペラ」として語りつくされるという具合だ。地図や年表も随所に挟みこまれて、あの手この手の解説が繰り広げられる。「わたしは仏教を情報生命論の視点から読みたいんですよ」と、高橋流の解釈を要所に折り込む。「大乗仏教」の複雑な変遷も膨大な教義も、講談師さながらの名調子に乗せられて、あっという間の4時間である。
 かねてよりファンも多い松岡正剛の歴史語りが、多様な事象の関係を次々と引き出し自在に結びつけて歴史の新しい理解と発見の圧倒的な興奮をもたらす高速の歴史語りであるのに対して、高橋のそれは時空を超えた歴史の現場にグイグイと引っ張っていき、じかに立ち会わされるような熱気に満ちているといえるだろう。編集タイムマシンに乗り込んで、あたかも本人が見てきたかのような迫真力は格別だ。

 当日はISIS編集学校の京阪神の学衆らも駆けつけた。高橋をバジラ師範代と慕って集う学衆は、いまでは編集学校「守」(基礎篇)の師範代として活動し、新たな学衆にバジラ流編集術の魅力を伝えたがっているようだ。

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講義を楽しみにしている編集学校の学衆、師範代。


◎講座参加希望について
本講座を特別に聴講できます。興味のある方は下記までFAXにてご連絡ください
(但し定員があるためお断りする場合がありますので、予めご承知ください)

開催:6月27日(火)
場所:京都室町誉田屋

参加費:聴講料3000円、食事・喫茶(途中休憩)1500円程度
連絡先:誉田屋 FAX:075−231−5340
記載:住所・氏名・所属(ISIS編集学校の関係者は教室名) ・連絡先(TEL、メールアドレス)

※「編集工学研究所のサイトを見た」と併記してください

(編集工学研究所CORE 大川雅生 ISIS編集学校頭取)

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