第八百九十六夜
頭山満『幕末三舟伝』
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 明治時代とは日本の富国強兵と朝鮮半島の動乱と中国革命とが一緒くたに驀進していた時代でもある。したがって、この三国をまたぐ人士は三国ともに多かった。頭山はこの3つの国をまたぐ者を愛した。擁護し、激励し、資金を渡し、その身を匿い、仕事を与えた。
 金玉均は朝鮮の両班(ヤンパン)の出身で、日本の急激な近代化に刺激されて朝鮮近代化のために奔走、明治17年には日本から資金を得て甲申事変をおこした。金が依拠した開化派(独立党)はいっとき旧守派(事大党)を制して政権を奪取するのだが、わずか3日で清国軍によって排除された。
 金は日本に亡命する。政府は用済みの金の来日を迷惑がった。明治18年、自由党の大井憲太郎らによる大阪事件がおこるが、これは金を擁して朝鮮に事を構えようとしたものだった。政府は金を小笠原島に軟禁した。このとき金を庇護したのが福沢諭吉、頭山満、岡本柳之助、犬養毅である。とくに頭山の命をうけた玄洋社の来島・的野・竹下は小笠原に渡って金を慰めた。のみならず母島の開墾に乗り出している。頭山は「開拓と植民」にはつねに援助を惜しまなかったのである。
 しかし金玉均は暗殺される。その5カ月後、日本は清国に宣戦布告する。玄洋社の朝鮮独立党支援計画はこうして潰える。
 荒尾精という男がいた。陸軍将校の荒尾は早くからアジアに注目して、上海で楽善堂(有名な薬局)を経営する岸田吟香の協力で漢口に薬局をつくり、これを大陸活動の拠点とした。頭山はこの荒尾の活動に目を細め、楽善堂に入った山崎恙三郎から事情を聞いて、援助を惜しまなかった。
 荒尾はやがて大陸の社会経済文化を調査研究するための「日清貿易研究所」を設立するのだが、日清戦争で封印される。それでも荒尾はこの研究所の「外員」を求めて、それを“東洋君子・東洋豪傑・東洋侠客・東洋長者”などと奇妙な名称で分けて、ひたすら支援した。この研究所の後身こそ、ぼくがずっと気になっている東亜同文書院なのである。
 金玉均といい荒尾精といい、頭山はつねにアジアに身を呈する先駆者に共感を示した。黒龍会の内田良平、東学党の乱に加わった天佑侠の面々、独自の中国観をもっていた武田範之、中国革命に邁進献身したかった宮崎滔天らは、すべて頭山のお気にいりである。当然、孫文の挙兵にも肩を貸している。

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