歴史と文化
桃の節句 【雛祭り】
城西人(佐久間)/2009年2月28日
明かりをつけましょ ぼんぼりに〜春の訪れとともにやってくる、3月3日は、女の子の成長を祝う、桃の節句【雛祭り】。女の子の成長と幸せを願って、雛人形を飾り、お祝いをするその日は、1年に一度、それぞれの家に伝わる優美な雛人形が、姿を現す日でもある。 ここ水窪交流所にも、町内の旧家に代々伝わる、享保雛、古今雛、掛け軸が展示され、あでやかに、そして華やかに、3月3日 》》詳細を読む…
城西人(佐久間)/2009年2月28日
明かりをつけましょ ぼんぼりに〜春の訪れとともにやってくる、3月3日は、女の子の成長を祝う、桃の節句【雛祭り】。女の子の成長と幸せを願って、雛人形を飾り、お祝いをするその日は、1年に一度、それぞれの家に伝わる優美な雛人形が、姿を現す日でもある。 ここ水窪交流所にも、町内の旧家に代々伝わる、享保雛、古今雛、掛け軸が展示され、あでやかに、そして華やかに、3月3日 》》詳細を読む…
ウィーン交流コンサート
城西人(佐久間)/2009年2月17日
佐久間吹奏楽クラブ「音楽大好き」、「ヤイトラーさん大好き」、そして「佐久間大好き」のメンバーが集まって、仲良く活動している、地元のバンド。ヤイトラーさんの演奏に先立って、佐久間の吹奏楽クラブ、童謡を歌う会の、ジョイントコンサートが演奏された。守下先生指揮のもと、「崖の上のポニョ」、「ディズニーメドレー」、「シング・シング・シング」、ジョイントでは「なごり雪」、 》》詳細を読む…
城西人(佐久間)/2009年2月17日
佐久間吹奏楽クラブ「音楽大好き」、「ヤイトラーさん大好き」、そして「佐久間大好き」のメンバーが集まって、仲良く活動している、地元のバンド。ヤイトラーさんの演奏に先立って、佐久間の吹奏楽クラブ、童謡を歌う会の、ジョイントコンサートが演奏された。守下先生指揮のもと、「崖の上のポニョ」、「ディズニーメドレー」、「シング・シング・シング」、ジョイントでは「なごり雪」、 》》詳細を読む…
歴史を受け継ぐ「西浦田楽」
しんやのつ〜。(佐久間)/2009年2月17日
佐久間に帰っち来て、20年。「西浦田楽」の話は幾度となく聞いてはいたのだけれども。なかなか夜中じゅうとあって、二の足を踏んでいた。今回、ほくえんCAFEのネタ探しを兼ねて、北遠の国指定重要無形民俗文化財の「西浦田楽」を見に行こうと決心したのであった。12日の夜、仕事を終わってから車で水窪町西浦に向かった。西浦小学校に着いたのは、7時半。たまたま通った人に、観音堂、西浦 》》詳細を読む…
しんやのつ〜。(佐久間)/2009年2月17日
佐久間に帰っち来て、20年。「西浦田楽」の話は幾度となく聞いてはいたのだけれども。なかなか夜中じゅうとあって、二の足を踏んでいた。今回、ほくえんCAFEのネタ探しを兼ねて、北遠の国指定重要無形民俗文化財の「西浦田楽」を見に行こうと決心したのであった。12日の夜、仕事を終わってから車で水窪町西浦に向かった。西浦小学校に着いたのは、7時半。たまたま通った人に、観音堂、西浦 》》詳細を読む…
佐久間文化の真骨頂
「国際交流音楽指導講座」始まる
河村秀昭(佐久間)/2009年2月10日
国際交流音楽指導講座を佐久間町で開催するため、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団のバストロンボーン奏者カール・ヤイトラーさんが5日来日した。今年で19年目になる。平成2年、佐久間ダム湖畔コンサートで指揮を執ったのが、佐久間との交流の縁となる。以来毎年佐久間に来られ、地元佐久間・水窪地区の小中高、浜松市内小中学校に出向き音楽指導通じて国際交流を果たされています。佐久 》》詳細を読む…
「国際交流音楽指導講座」始まる
河村秀昭(佐久間)/2009年2月10日
国際交流音楽指導講座を佐久間町で開催するため、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団のバストロンボーン奏者カール・ヤイトラーさんが5日来日した。今年で19年目になる。平成2年、佐久間ダム湖畔コンサートで指揮を執ったのが、佐久間との交流の縁となる。以来毎年佐久間に来られ、地元佐久間・水窪地区の小中高、浜松市内小中学校に出向き音楽指導通じて国際交流を果たされています。佐久 》》詳細を読む…
水窪、小畑地域の節分
天竜タンポポの綿毛(水窪)/2009年2月6日
前日に準備フライパンで大豆炒り、カヤの木(バリバリという)がパチパチ燃えると枝先が針のように細くなり刺すと痛い。鰯のお頭を焼くと臭い。「上で大豆がガラガラ、下でカヤの木(バリバリ)がパチパチ、鰯のお頭が臭い」鬼が嫌がって逃げ出す。ご神前にカヤの木、大豆、お頭をお供えご神前にお供えしているお盆を持って、ご神前、ご仏前、恵比寿大黒、毘沙門天さまにカヤの木、大豆、魚の 》》詳細を読む…
天竜タンポポの綿毛(水窪)/2009年2月6日
前日に準備フライパンで大豆炒り、カヤの木(バリバリという)がパチパチ燃えると枝先が針のように細くなり刺すと痛い。鰯のお頭を焼くと臭い。「上で大豆がガラガラ、下でカヤの木(バリバリ)がパチパチ、鰯のお頭が臭い」鬼が嫌がって逃げ出す。ご神前にカヤの木、大豆、お頭をお供えご神前にお供えしているお盆を持って、ご神前、ご仏前、恵比寿大黒、毘沙門天さまにカヤの木、大豆、魚の 》》詳細を読む…
木に石に 注連かけて 年改まる(暮石)
茶の子(佐久間)/2009年1月9日
小寒も過ぎ、北遠の里も、いよいよ厳寒の時期に入った。小生は、防寒装備で「門松」の取材にでかけた。車を降り山道に一歩踏み入れると、高さが40cmもない「石塔」を発見。まず、手袋をはずし、2礼2拍手のあと、写真を撮る無礼を詫びる。「石塔」は草刈場の真ん中に堂々の鎮座、近寄りがたいところがあった。「榊」と「松」の小枝に「掻垂」を結び、新年を迎え、誰かが供えたであろう 》》詳細を読む…
茶の子(佐久間)/2009年1月9日
小寒も過ぎ、北遠の里も、いよいよ厳寒の時期に入った。小生は、防寒装備で「門松」の取材にでかけた。車を降り山道に一歩踏み入れると、高さが40cmもない「石塔」を発見。まず、手袋をはずし、2礼2拍手のあと、写真を撮る無礼を詫びる。「石塔」は草刈場の真ん中に堂々の鎮座、近寄りがたいところがあった。「榊」と「松」の小枝に「掻垂」を結び、新年を迎え、誰かが供えたであろう 》》詳細を読む…
ほくえんの門松飾り
茶の子(佐久間)/2009年1月8日
北遠の正月準備は12月28日の餅つきから始まる。翌29日は「二重苦」を連想させるとし、正月の準備は一切やらない。「門松」や「しめ縄」などの飾り付けはすべて30日に行なう。また31日は、大晦日で慌ただしく年神様をお迎える誠意に欠けるとされ、飾り付けはしていない。さて、新年を祝って家の入口に飾る「門松」は年神様を迎えるための目印で神様が宿る場所を現していると言う 》》詳細を読む…
茶の子(佐久間)/2009年1月8日
北遠の正月準備は12月28日の餅つきから始まる。翌29日は「二重苦」を連想させるとし、正月の準備は一切やらない。「門松」や「しめ縄」などの飾り付けはすべて30日に行なう。また31日は、大晦日で慌ただしく年神様をお迎える誠意に欠けるとされ、飾り付けはしていない。さて、新年を祝って家の入口に飾る「門松」は年神様を迎えるための目印で神様が宿る場所を現していると言う 》》詳細を読む…
天竜区の伝統芸能が一堂に
茶の子(佐久間)/2008年12月22日
このほど佐久間町「歴史と民話の郷会館」において天竜区の企画による『伝統&郷土芸能フェスティバル』が区内の伝統芸能8団体が競演し盛大に行われた。天竜区は伝統芸能の宝庫と言われるが、地域住民が継承してきたこれらの宝物が一同に会し、広域な文化の継承と更なる発展を確認することが出来たであろう。出演は佐久間町の花の舞を始め、天竜地域の遠州大念仏、春野地域の勝坂神楽などで 》》詳細を読む…
茶の子(佐久間)/2008年12月22日
このほど佐久間町「歴史と民話の郷会館」において天竜区の企画による『伝統&郷土芸能フェスティバル』が区内の伝統芸能8団体が競演し盛大に行われた。天竜区は伝統芸能の宝庫と言われるが、地域住民が継承してきたこれらの宝物が一同に会し、広域な文化の継承と更なる発展を確認することが出来たであろう。出演は佐久間町の花の舞を始め、天竜地域の遠州大念仏、春野地域の勝坂神楽などで 》》詳細を読む…
1290年前にタイムトンネル
木タロウ(水窪)/2008年12月5日
神様にお供え物を捧げ、ショーを見せて、お願い事をしたり感謝したりするのがお祭りではないでしょうか。水窪の祭りは毎年9月に行われる「水窪祭り」が知られていますが、長野県に程近い水窪の北部、西浦地区で「西浦田楽」が1290年前そのままに伝承されています。神の前で年中の農作業の様を演じてその年の豊作を祈願したのが始まりだったのでしょう。途中祭りを怠けた年に流行りの病や災いが発生して、それからは以前の方法をかたくなに守り、無病息災・災難消除を願って今に至っているといい ます。祭りに携わる能衆も代々世襲で 》》詳細を読む…
木タロウ(水窪)/2008年12月5日
神様にお供え物を捧げ、ショーを見せて、お願い事をしたり感謝したりするのがお祭りではないでしょうか。水窪の祭りは毎年9月に行われる「水窪祭り」が知られていますが、長野県に程近い水窪の北部、西浦地区で「西浦田楽」が1290年前そのままに伝承されています。神の前で年中の農作業の様を演じてその年の豊作を祈願したのが始まりだったのでしょう。途中祭りを怠けた年に流行りの病や災いが発生して、それからは以前の方法をかたくなに守り、無病息災・災難消除を願って今に至っているといい ます。祭りに携わる能衆も代々世襲で 》》詳細を読む…
北遠の城
城西人(佐久間)/2008年12月5日
北遠地方には、山城の分布密度が高く、当時の地図を眺めていると、水窪町に高根城、佐久間町に若子城、鶴ヶ城、小川城、水巻城、竜山町に中尾生城、春野町に犬居 城、光明城、勝坂城、天竜に二俣城など、狭い地域に、多くの城が存在していた歴史を知る事が出来る。鎌倉時代、政権を支える武士の大部分は、国人や土豪と呼ばれる 領主であった。土地を守り、支配を浸透させるため、天険を生かした山城を築いたのである。この中で、二俣城は、交通の要衝として、軍事、経済の両面から重要視され、北遠の城々も、戦国時代には、誰でも 》》詳細を読む…
城西人(佐久間)/2008年12月5日
北遠地方には、山城の分布密度が高く、当時の地図を眺めていると、水窪町に高根城、佐久間町に若子城、鶴ヶ城、小川城、水巻城、竜山町に中尾生城、春野町に犬居 城、光明城、勝坂城、天竜に二俣城など、狭い地域に、多くの城が存在していた歴史を知る事が出来る。鎌倉時代、政権を支える武士の大部分は、国人や土豪と呼ばれる 領主であった。土地を守り、支配を浸透させるため、天険を生かした山城を築いたのである。この中で、二俣城は、交通の要衝として、軍事、経済の両面から重要視され、北遠の城々も、戦国時代には、誰でも 》》詳細を読む…
水窪と言う箪笥には宝物が一杯
茶の子(佐久間)/2008年12月3日
ローカル紙に『水窪は非常に特色のある町で、県内では此処と比べられるような地域はまず見当たらないだろう。古い箪笥を開くと昔のものがよく出てくるが水窪と言う箪笥からも古く珍しい物がたくさん出てくる』と言う記事が載っていた。非常に興味深い文章である。水窪町は明治34年まで佐久間町の一部と同じ行政区にあって、奥山村と呼んでいた。この集落には「塩の道」が早くから拓け遠州と信州の往来で賑やかだったという。このような山奥の盆地にどうして人間が住みついたのか謎は深まるばかりだ。数千年もの間、その生活の舞台が 》》詳細を読む…
茶の子(佐久間)/2008年12月3日
ローカル紙に『水窪は非常に特色のある町で、県内では此処と比べられるような地域はまず見当たらないだろう。古い箪笥を開くと昔のものがよく出てくるが水窪と言う箪笥からも古く珍しい物がたくさん出てくる』と言う記事が載っていた。非常に興味深い文章である。水窪町は明治34年まで佐久間町の一部と同じ行政区にあって、奥山村と呼んでいた。この集落には「塩の道」が早くから拓け遠州と信州の往来で賑やかだったという。このような山奥の盆地にどうして人間が住みついたのか謎は深まるばかりだ。数千年もの間、その生活の舞台が 》》詳細を読む…
金貸水神
ちゃかぽこ(天竜)/2009年1月23日
天竜区への玄関口にあたる国道152号線鹿島橋交差点を緩やかに左折し100mほど行った川沿いに階段がある。ちょっと日当たりの悪いこの階段を昇るとてっぺんに金貸水神の小さな社がある。この水神様は病気を形にとりお金を貸し期限までに返せないと代わりに病気を取り上げる、つまり金を借りた人は病気が治るというなんともありがたい謂れのある神様で、お願いの仕方は簡単。紙に次 のよう 》》詳細を読む…
ちゃかぽこ(天竜)/2009年1月23日
天竜区への玄関口にあたる国道152号線鹿島橋交差点を緩やかに左折し100mほど行った川沿いに階段がある。ちょっと日当たりの悪いこの階段を昇るとてっぺんに金貸水神の小さな社がある。この水神様は病気を形にとりお金を貸し期限までに返せないと代わりに病気を取り上げる、つまり金を借りた人は病気が治るというなんともありがたい謂れのある神様で、お願いの仕方は簡単。紙に次 のよう 》》詳細を読む…
佐久間人の文化的質の高さを実証する...
河村秀昭(佐久間)/2008年12月1日
11月15日(土)加藤登紀子が11年ぶりで佐久間にやってきました。佐久間歴史と民話の郷会館で加藤登紀子コンサートが開催され、多勢の町民、近隣の方々が訪れました。このコンサート、NPO法人「がんばらまいか佐久間」が浜松市の文化振興事業の委託業務として受託、企画・立案し実現したものです。運営資金のみ市が拠出、後は全てNPOの文化・スポーツ・社会教育活動委員会が中心と 》》詳細を読む…
河村秀昭(佐久間)/2008年12月1日
11月15日(土)加藤登紀子が11年ぶりで佐久間にやってきました。佐久間歴史と民話の郷会館で加藤登紀子コンサートが開催され、多勢の町民、近隣の方々が訪れました。このコンサート、NPO法人「がんばらまいか佐久間」が浜松市の文化振興事業の委託業務として受託、企画・立案し実現したものです。運営資金のみ市が拠出、後は全てNPOの文化・スポーツ・社会教育活動委員会が中心と 》》詳細を読む…
すみれと宝塚と京丸牡丹
東旗(春野)/2008年11月30日
「すみれの花咲く頃」のメロディが山々に響き渡る。春野地域の同報無線から流れる朝夕のチャイムである。宝塚ファンにとっては感激の瞬間であろう。なぜこんな山間の町で宝塚歌劇団の愛唱歌が???と思われる人に。日本レビュー創始者の一人と言われる宝塚歌劇団の故白井鐵造氏の故郷が春野。有名な「パリゼット」は氏の第一作で、この作品の主題歌が「すみれの花咲く頃」。もちろん氏の作詞によるもの。こうしたことから、春野では宝塚との縁を深め、春野文化センター敷地内にある白井鐵造記念館は知る人ぞ知る隠れた人気スポットになっている。宝塚歌劇団の公演も春野文化センターで行われた 》》詳細を読む…
東旗(春野)/2008年11月30日
「すみれの花咲く頃」のメロディが山々に響き渡る。春野地域の同報無線から流れる朝夕のチャイムである。宝塚ファンにとっては感激の瞬間であろう。なぜこんな山間の町で宝塚歌劇団の愛唱歌が???と思われる人に。日本レビュー創始者の一人と言われる宝塚歌劇団の故白井鐵造氏の故郷が春野。有名な「パリゼット」は氏の第一作で、この作品の主題歌が「すみれの花咲く頃」。もちろん氏の作詞によるもの。こうしたことから、春野では宝塚との縁を深め、春野文化センター敷地内にある白井鐵造記念館は知る人ぞ知る隠れた人気スポットになっている。宝塚歌劇団の公演も春野文化センターで行われた 》》詳細を読む…
『郷土の偉人』 本田宗一郎幼少期のゆかり地
ポンポン天竜(天竜)/2008年11月27日
本田宗一郎は、静岡県磐田郡光明村山東(現浜松市天竜区)の鍛冶屋本田儀平とみか夫婦の長男として、明治39年(1906年)11月17日この世に誕生いたしました。物心がつくかつかぬ時から宗一郎は、機械に対する好奇心は人一倍強く、おじいさんに背負われて工場に出向き、動くのを見ていれば上機嫌だった。本田少年が山東尋常小学校に入ってから、機械好きの上に腕白さと手先の器用さを思う存分発揮するようになった。2年前に手づくりで建てたゆかりの地を紹介いたします。(その1)清龍寺の鐘つき堂この清龍寺は、徳川家康の長男信康の菩 》》詳細を読む…
ポンポン天竜(天竜)/2008年11月27日
本田宗一郎は、静岡県磐田郡光明村山東(現浜松市天竜区)の鍛冶屋本田儀平とみか夫婦の長男として、明治39年(1906年)11月17日この世に誕生いたしました。物心がつくかつかぬ時から宗一郎は、機械に対する好奇心は人一倍強く、おじいさんに背負われて工場に出向き、動くのを見ていれば上機嫌だった。本田少年が山東尋常小学校に入ってから、機械好きの上に腕白さと手先の器用さを思う存分発揮するようになった。2年前に手づくりで建てたゆかりの地を紹介いたします。(その1)清龍寺の鐘つき堂この清龍寺は、徳川家康の長男信康の菩 》》詳細を読む…
伝統文化「浦川歌舞伎」に触れて
茶の子(佐久間)/2008年11月26日
豊橋から飯田線に揺られること1時間、佐久間町浦川駅に着く。駅前の大きな看板「浦川歌舞伎の里」が目に入ってくる。佐久間町史に因ると安政年間、日本各地を巡業中の歌舞伎役者「尾上栄三郎」が浦川の地で病に倒れ、最後の舞台を演じることとなる。時に栄三郎は29歳の若さであったという。当時の浦川住民が”素人歌舞伎”を上演し「栄三郎」を供養したのが浦川歌舞伎の発端となる。戦後の一時期休止していた「浦川歌舞伎」は平成元年地元の有志により「浦川歌舞伎保存会」を立ち上げる。以来、会員はもちろんのこと地域挙げての支 》》詳細を読む…
茶の子(佐久間)/2008年11月26日
豊橋から飯田線に揺られること1時間、佐久間町浦川駅に着く。駅前の大きな看板「浦川歌舞伎の里」が目に入ってくる。佐久間町史に因ると安政年間、日本各地を巡業中の歌舞伎役者「尾上栄三郎」が浦川の地で病に倒れ、最後の舞台を演じることとなる。時に栄三郎は29歳の若さであったという。当時の浦川住民が”素人歌舞伎”を上演し「栄三郎」を供養したのが浦川歌舞伎の発端となる。戦後の一時期休止していた「浦川歌舞伎」は平成元年地元の有志により「浦川歌舞伎保存会」を立ち上げる。以来、会員はもちろんのこと地域挙げての支 》》詳細を読む…
天狗がダムで大黒さんと会う
ちゃかぽこ(天竜)/2008年10月30日
これといった取り得のない天竜区だが実は“知る人ぞ知る”という日本一が3つある。1つ目は春野町の大天狗面。全高8m、全幅6m、鼻の長さ4mというサイズ。これから身長を推定するとなんと50mになるというから驚きだ。”火防ぎ”の秋葉神社信仰から天狗にまつわる伝説が数多く残る町のシンボルとして昭和61年に神戸からやってきた。といっても、当然のことながら天狗面を被った巨人 》》詳細を読む…
ちゃかぽこ(天竜)/2008年10月30日
これといった取り得のない天竜区だが実は“知る人ぞ知る”という日本一が3つある。1つ目は春野町の大天狗面。全高8m、全幅6m、鼻の長さ4mというサイズ。これから身長を推定するとなんと50mになるというから驚きだ。”火防ぎ”の秋葉神社信仰から天狗にまつわる伝説が数多く残る町のシンボルとして昭和61年に神戸からやってきた。といっても、当然のことながら天狗面を被った巨人 》》詳細を読む…

天竜